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「加谷珪一の知っとくエコノミー論」

「インバウンド=成長戦略」は虚妄…異常に訪日客が少なかった“先進国”日本の根本的問題

文=加谷珪一/経済評論家
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「GettyImages」より

 新型コロナウイルスの感染拡大によって、政府が進めてきたインバウンド戦略は事実上、頓挫した。一部からは、感染が一段落した段階で再度インバウンド戦略を強化してほしいとの声も出ており、菅新首相も「インバウンドも含めて全力でがんばりたい」としている。

 筆者はインバウンド需要について否定するつもりはないし、うまく活用したほうがよいと考える立場である。だが、日本が先進国であるとの前提に立つならば、海外からの観光客というのは、結果として付いてくるものであって、それ自体を成長の原動力にするものではない。

 一般的に、観光客が落とすカネに依存する経済構造というのは、観光以外に目立った産業のない新興国の話であり、豊かな先進国はこうした呼び込みがなくても、人は勝手に外国からやってくるものだ。このあたりの常識を取り違えてしまうと、成長戦略において致命的なミスをしてしまう。

先進国であれば、外国人は勝手にやってくるもの

 安倍政権はインバウンドを成長戦略のひとつとして位置付け、2013年の日本再興戦略において訪日外国人客数を2030年までに3000万人に増やすという目標を掲げた。その後、順調に訪日客が増加したことから、2016年には目標が引き上げられ、2030年に6000万人を目指すとしている。

 だが、こうしたインバウンド誘致というのは、厳密には成長戦略とは呼べないものである。なぜなら、日本レベルの経済力を持つ国であれば、この程度の数字は、はるか昔に実現していなければならない水準であり、むしろこれまでの訪日客数が異様に少なかったというのが現実だからである。

 訪日観光客の数が1000万人を突破したのは2013年のことだが、この段階で、フランスは年間8000万人、米国や中国は6000万人の訪問客を受け入れている。

 一般論として、それなりの経済規模と歴史があり、1000万人規模の大都市を抱えている国は、ほぼ例外なく、外国から多数の訪問客が訪れる。フランス、中国、米国、英国などはすべてその条件を満たしており、当然のことながらおびただしい数の外国人が訪問する。

 日本もこの条件を満たしているが、そうした国であるにもかかわらず1000万人しか観光客がいなかったというのは、むしろ異常な状況だったといってよい。

 経済が豊かであれば、多くのビジネス需要があるし、一定以上の歴史があれば、観光資源にも事欠かない。大都市があればホテルなどのインフラも整備されているので、黙っていても人がやってくる。つまり、豊かな先進国にとって観光というのは、主要産業のオマケとして付いてくるものであって主要産業にはなり得ない。経済規模が大きい場合、観光業という小さなビジネスだけでは成長の原動力にならないのだ。

 わざわざ観光業を振興させ、外国人が落とすお金で経済を回すのは、ギリシャやスペインなど、目立った産業がない国が採用する手法である。日本は本来、技術大国、経済大国なはずであり、観光以外に目立った資源のないギリシャなどとは違うはずだ。そもそも、本格的な成長戦略を実現し、日本経済が順調に成長していれば、何もしなくても、数千万人の訪日客など自動的に獲得できたという現実を忘れてはならない。

 インバウンドを成長戦略として位置付けてしまった段階で、経済成長に対する根本的なボタンの掛け違いがあったと考えてよいだろう。

輸出が直接的にGDPに占める割合は低い

 本来なら、巨大な内需によって成長を実現するという本質的な部分での施策を実施すべきだったが、ビザ緩和など目先の措置で観光への依存度を高めてしまった。結果として、日本人による内需は拡大せず、消費経済は外国人が落とすお金に依存することになった。コロナ危機の発生はまったくの偶然だろうが、外的要因に対する脆弱性という点では、必然の結果だったともいえる。

 こうした掛け違いが発生した最大の理由は、「輸出によって経済を成り立たせる」という昭和時代の思考回路からいまだに脱却できていないことであると筆者は考えている。

 日本のGDP(国内総生産)の6割以上は個人消費であり、日本はすでに輸出ではなく、日本人自身の消費で経済を回す消費主導型経済になっている。確かに昭和の時代までは輸出主導型経済だったかもしれないが、それについても大きな誤解がある。

 かつての日本経済が輸出主導だったといっても、輸出そのものがGDPに占める割合というのは意外と少ない。輸出主導型経済の原動力となるのは、輸出産業が国内で実施する設備投資であり、限りなく内需拡大に近いものである。

 海外からの受注が増えると各社は増産を検討するので、生産設備が増強される。国内に新工場をつくったり、生産ラインを拡充することによって、サービス業を含めあらゆる業界に恩恵が及ぶ。設備投資の増強によって、国内労働者の所得が増え、これが最終的に個人消費を増やすのだ。

 つまり輸出主導型経済というのは、輸出をきっかけとした国内設備投資によって内需を拡大させるメカニズムであって、決して輸出そのもので経済を回すわけではない。

外国に頼らず経済を回す仕組みの構築が必要

 経済の屋台骨である個人消費が動かなければGDPを成長させることはできないので、最終的にはいかに個人消費を拡大させるのかがカギを握る。

 もし輸出産業がドイツのような高付加価値型にシフトし、今でも国内に工場が存在しているのなら、輸出の増加は個人消費の拡大につながるだろう。だが、日本企業の多くはこうしたビジネスモデルの転換を行わず、韓国や中国と価格勝負するという安易な戦略に走り、コスト削減の必要性から多くの工場を海外に移してしまった。

 仮に企業が設備投資を強化するにしても、お金が落ちる先は海外であり、日本人の所得は増えない。企業の業績が拡大しているにもかかわらず、日本人の賃金が伸びず、消費が停滞しているのは、国内にお金が落ちる仕組みが構築されていないからである。

 勘のよい読者の方であれば、インバウンド戦略を実施しても同じ結果になることは容易に想像できるだろう。いくら外国人の消費が増えたからといって、日本の人口の何倍もの人がやってくるわけではない。日本人による消費が減った分を外国人に頼っているだけでは、国内の設備投資は増えない状態が続く。実際、小売店やホテルなど一部の業界を除いて、日本の労働者全体にはお金が落ちず、個人消費の拡大にはつながらなかった。

 政府が行うべきだったのは、なんらかの形で日本人自身にお金を支出させ、個人消費を拡大する施策であった。これが実現できれば、海外とのやり取りも必然的に多くなり、黙っていても外国人観光客は押し寄せてくる。

 フランスは突出した観光大国ではあるが、昔から観光客に対するサービスの悪さは折り紙つきである。それでも観光資源を持ち、経済が豊かであれば、人々は喜んでお金を落としてくれる。日本もまっとうな戦略で諸外国並みの経済成長を実現していれば、社会はもっと豊かになり、今のレベルの観光客数など何の努力もせずに実現できただろう。

 結局のところ経済を動かすのは、自国民による巨大な消費であり、この部分を無視して成長戦略を立案することはあり得ない。こうした基本認識の欠如こそが、日本経済が停滞する真の理由といってよい。

(文=加谷珪一/経済評論家)

加谷珪一/経済評論家

加谷珪一/経済評論家

1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に著書に『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCCメディアハウス)、『教養として身につけたい戦争と経済の本質』(総合法令出版)、『中国経済の属国ニッポン、マスコミが言わない隣国の支配戦略』(幻冬舎新書)などがある。
加谷珪一公式サイト

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