ステーキチェーン「いきなり!ステーキ」の運営会社ペッパーフードサービスが東京・新橋に今月6日にオープンさせた新業態「すきはな」が“物議”を醸している。ご飯、みそ汁に、すき焼き肉1枚のみで野菜なしで1980円(税込)、約2000円という強気の価格設定で勝負を挑んでいるが、SNS上では「松屋のほうが豪華」「ターゲットが不明」「『ちかよ』の丸パクリ」「満足してお店出れるのかな」などと、さまざまな反応があがっている。同社がこのような新業態を始める狙いは何か。そして、その料理のクオリティや価格妥当性はどう評価できるのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。
立ち食いステーキというジャンルを切り開き、それまでは高級料理とされてきたステーキをリーズナブルな価格で味わえるとしてブームを巻き起こした「いきなり!ステーキ」。一時は490店(2019年12月末)まで店舗網を拡大させたものの、その後は業績が悪化して大量閉鎖に追い込まれ、近年はペッパーフードサービスは最終赤字が定着。再起不能という見方も強かったが、100店以上の一斉閉店や200人の希望退職募集など身を切る改革を実行し、加えてファミリー客重視への転換、ボトムアップ型経営への転換など推進。その結果、今年度は営業利益の黒字転換を見込み「奇跡のV字回復」を遂げつつあると注目されている。
「『いきなり!ステーキ』は駅近の狭い面積の立地に積極的に出店し、一人でさっとお腹いっぱい食べて帰りたいという需要を取り込み急成長を遂げましたが、ブームが終わり他のファストフードチェーンと比較すると割高な価格も敬遠されて客足が遠のいていきました。そこにコロナが追い打ちをかけ、不採算店の閉鎖とともにロードサイド店への出店も進めて家族客の取り込みに力を入れたことで、ひとまずは危機を脱したといえる状況です。ですが、郊外やロードサイドにはサラダなどの食べ放題が付いた割安なセットメニューに力を入れるステーキ・ハンバーグチェーンや、ファミリー客に人気の『焼肉きんぐ』などの焼肉食べ放題チェーンなど競合がひしめき合っており、その領域で勝ち残っていくのは並大抵の努力では厳しいです」(外食チェーン関係者)
肉・米・卵に徹底的にこだわり
そんなペッパーフードサービスが新たに始めた「すきはな」は斬新だ。肉・米・卵の3つのシンプルな具材に徹底的にこだわり、すき焼きを定食形式で提供するというもので、和牛・国産牛を使用したすき焼き肉1枚に、ご飯、生卵、みそ汁、おしんこ、ミニソフトクリームがつく以下の3つの定食を提供。割り下は、しょう油、ザラメのみを使い、米はそのときどきでベストな国産米を店内の大釜戸で炊き上げる。生卵は国産卵「十六代真っ赤卵」を使用し、赤みそ汁と旬の野菜を使用した京漬物がつく。
・国産牛すき焼きセット(1980円)
・黒毛和牛すき焼きセット(2530円)
・本日の特選和牛すき焼きセット(3850円)
店内の設えにもこだわっている。茶室の「はなれ」をイメージし、カウンター全15席で椅子の座面には着物生地が使用されている。オープン早々からSNS上では「肉1枚にご飯と味噌汁で1980円」という点が人々の関心を集め、牛丼チェーン各社の「すき焼き定食」系メニューのほうが断然お得だという反応も多数あがっている。
たとえば吉野家が期間限定で提供中の「牛すき鍋膳」は牛肉と野菜、豆腐が入った「すき焼き鍋」にご飯、お新香、生卵がついて877円、すき家の「牛すき鍋定食」は「うどん」と野菜も入った「すき焼き鍋」にご飯と生卵がついて890円となっている。
ペッパーフードサービスがこのような新業態を始めた背景について、自身でも飲食店経営を手掛ける飲食プロデューサーで東京未来倶楽部(株)代表の江間正和氏はいう。
「飲食企業は1つの業態だけでは売上の上限がやってきます。無理して過剰出店すると近隣の店同士でお客さんを奪い合ってしまったり、損益分岐点を超える集客ができないエリアにも出店してしまい、赤字を出し始めます。また、同じ業態をずっと続けたいと思っても、お客さん側が飽き始めます。以上より、会社として売上の上限と閉塞感が生まれてしまいます。これを打破して成長するためにも新業態の開発は必須といえます。
ただし、完全なる新業態というものは難しく、参考とする他店のオペレーションや価格、使用する食材、メニューを少し変えて自店の新業態としてリリースすることも多いです。今回は『一人焼肉』や『一人しゃぶしゃぶ』のような一人客から小人数をターゲットとした肉料理業態が流行っている状況を見て、この業態に進出したのだと思います。ただし、お客さん側はコスパを中心とした総合的基準から幅広い範囲で店を比較・評価するため、そう簡単にはいかないものです」
お肉だけの提供でも不満なし
「すきはな」の料理のクオリティと価格妥当性をどう評価すべきか。江間氏はいう。
「店舗を訪問すると外観がスタイリッシュで、軽い驚きがあります。店内もちょっとした高級感を感じます。席はコの字になったカウンターだけで、店員が席までエスコートしてくれます。1980円の国産牛すき焼きセットを注文しました。薄くスライスされたお肉が1枚だけですが、焼く前に見せてくれるお肉は広げられていて大きく見えます。その後、エンターテイメントの一環として目の前で焼いてくれるのですが、半分に切って二段階に分けて提供されますし、繊維や脂身の部分を境にいくつかに分かれるので、思ったほど少ないとは感じませんでした。一般的なすき焼きは白菜を中心とした野菜やキノコがつくものですが、お肉を味わってほしいというコンセプトですし、提供価格やオペレーションも考えて肉1枚のみとしたのでしょう。個人的にはお肉だけの提供でも不満には思いませんでした。
味わいについては、お肉の優しい食感と旨味を楽しめて美味しかったです。他チェーン店の牛すき鍋も実食していますが、肉質や味ではこちらに軍配が上がります。来店する前と実際に食べてみた後ではイメージが少し変わり、事前情報を見ただけでは『お肉1枚で2000円は割高かな』と思っていましたが、実際に食べてみると、総合的なクオリティとしては、ありかなと感じました」
早急にインバウンドを取り込めるかがポイント
では、この新業態は大きく成長する可能性はあると考えられるか。
「世の中に受け入れられて大きく成長するか否かと考えてみると、一筋縄ではいかない気がします。今の時代はとにかく『ターゲット顧客に刺さるか』『飽きさせないか』が重要です。『すきはな』のターゲット顧客は夕食に2000円以上出せる、ちょっとした国内アッパー層とインバウンド層になるでしょう。カウンターだけの店内は接待や大人数のグループ向きではなく、一人焼肉のような『おひとりさま』や2人組くらいを想定していると思います。ランチでは1000円の壁が壊れ、主戦場は1200円前後に移ってきていますし、『すきはな』は昼だけでなく夜も同じ料金設定です。夕飯ですと一人焼肉業態やファミレスでも1500~2000円くらいの支払いをする人が多くいますから、夕飯で2000円は高くて手が出ないとは言い切れませんが、一人での夕飯に日常でどれだけお金をかけるかと考えると、日々食べる夕飯としてはやはり高い気がしますし、利用者としては他にもお店や料理の選択肢があります。特にアッパー層の方はその選択肢がさらに広がります。
オープンしたての時期は好奇心や話題性で盛り上がるでしょうが、想定顧客が国内アッパー層だけでは難しいかもしれません。しかし現在はインバウンドという強いターゲット層も存在します。こちらをメインターゲットとして考えた場合は、ブランド牛・国産牛を使った業態は現在ウケていますし、海外の人からすると円安の影響で自国で食べるよりは安いと感じるでしょうから、認知度が高まりインバウンドが押し寄せてくるようになれば流行る可能性は十分にありますし、観光客が集まる地域を中心にそこそこ成長できると思います。提供にアトラクション性を加えているのも、それらを喜ぶ海外のお客さんを意識しているでしょう。対国内客としてはちょっとしたアッパー層を狙いながら、早急にインバウンドを取り込めるかがポイントになるでしょう」
いきなり!ステーキのこれまで
2013年12月に東京・銀座に1号店をオープンした「いきなり!ステーキ」は、ヒレステーキ1g当たり8円の量り売りなどユニークな料金体系や、高価格帯メニューとされていたステーキを割安な価格、立ち食いスタイルで提供する点などが注目され、瞬く間に店舗網を拡大。一時は490店(2019年12月末)まで店舗網を拡大させた。
質へのこだわりも強く、厳選した米国牛肉を使用し、「ワイルドステーキ」には米国農務省が認定した認定アンガスビーフCABを使用。大きなブロック肉を店舗で下処理・カットし、 焼き台内部には「桜島の溶岩」を取り入れ、溶岩の遠赤外線の力で肉の旨味を逃さないように焼いている。
だが、18年頃から客数が前年同月比マイナスとなる月が続き、同年12月期決算では最終赤字に転落。20年には100店以上の一斉閉店と200人の希望退職募集を発表し、同じく主力事業のステーキチェーン「ペッパーランチ」の売却を決定。さらに減損損失と事業構造改善引当金を計上し一気に改革を進める姿勢を見せたが、以降、業績不振が継続。18~20年12月期、22~23年12月期は最終赤字となっている。店舗数は現在、約180店舗にまで減少した。
ウリだった「価格の安さ」という強みも薄まっている。値上げを重ね、今年4月の価格改定では、「ワイルドステーキ」150gを1240円(税込)から1390円へ、「赤身!肩ロースステーキ」150gを1090円から1180円へ、「特選ヒレステーキ」150gを2100円から2320円へ、「ランチワイルドステーキ」150gを1390円から1560円へ値上げした。
不振にあえぐなか、ペッパーフードサービスの経営体質に疑問が寄せられる事態も起きていた。22年、同社がHP上に掲載した社内報で、社員に向けて
「お客様に不快な思いをさせたネガティヴな従業員をゆるすことは、到底できません」
「どうやらこのネガティヴ従業員によって大部分のクレームが起こっているようです。『店舗では作業するだけで給料をもらえると思うのは大間違いです。』」
「再三にわたるクレームの当事者は、厳重な処分をします」
と書かれていたことが明るみに。さらに同年には、コスト削減のために料理用ビニール手袋の着用を片手のみにするよう本部が店舗に指示し、店舗のピーク時に両手に手袋を装着して調理していた従業員が、監視カメラで監視している上司から叱責されるケースもあるという事実も発覚した。
22年には創業者の一瀬邦夫氏が社長を退任し、後任には長男の一瀬健作氏が就任。経営再建を進めてきたが、24年12月期には営業利益の黒字転換を見込むまでに改善が進んでいる。
(文=Business Journal編集部、協力=江間正和/東京未来倶楽部(株)代表)