「いきなり!ステーキ」などを運営するペッパーフードサービスの“社内報”が、物議を醸している。1月に発行されたこの社内報は同社のHP上でも公開されているが、一瀬邦夫社長が社員に向けて綴った「社長から皆さんへ」という文章のなかには、次のように厳しい言葉が並んでいる。
「どうやらこのネガティヴ従業員によって大部分のクレームが起こっているようです。『店舗では作業するだけで給料をもらえると思うのは大間違いです。』」
「ネガティヴな人は、この社長の年初の言葉をきっかけとして『自己改革』してください」
「ポジティブの人の『お客様ファン作りの阻害要因のネガティヴ人間をなくす事です。』」
「お客様に不快な思いをさせたネガティヴな従業員をゆるすことは、到底できません」
(「クレームゼロ憲章」より)「再三にわたるクレームの当事者は、厳重な処分をします」
ペッパーフードサービスはここ数年、苦境にあえいでいる。2020年12月期決算の売上高は、前期比53.5%減の310億8500万円で、純利益は39億5500万円の赤字と、3期連続の最終赤字。同年度第2四半期(1~6月)は債務超過だったが、第三者割当増資などを行ったことで20年12月期末時点では資産超過に転換している。
経営再建のため、20年には主力事業の一つだった「ペッパーランチ事業」を売却し、114店閉鎖と200名の希望退職者を募集するなど積極的に手を打っているが、苦しい経営環境が続いている。
そうした状況を打破するためか、一瀬社長が長文の熱いメッセージで社員に発破をかけているわけだが、Twitter上では次のように賛否の意見が飛び交う事態に発展している。
<これに関しては別におかしなこと言ってないと思うけど。接客サービスも給料分に含まれているという考えなんでしょ?それが嫌なら辞めればよいだけ>(原文ママ、以下同)
<これは当然のこと。これに反論していたりする人は基本仕事できない奴>
<バイトに対してではなく、正規職員に対してって話なら多少はわかる>
<ほんとに…経営者が従業員に甘えすぎだよ…。経営が苦しいところほどこういうこと言う>
<無理に店舗数増やしまくって従業員の質が悪いのは本人のせいっていうのは会社のトップとしてどうなんでしょう>
<顧客からクレームを貰う従業員をネガティブと決めつけるなら浅慮では。その理屈で言うと、今はファンを減らしてる社長が厳罰対象じゃん>
<社内報で上から言わないで、客を満足させられる能力を伸ばすトレーニングをするとかそっち方向でモチベートできないもんかね…>
<社内報に書くのではなく、ネガティブな人材を排除する組織と方策を考えて実行しないとダメでしょうね>
「温かくてダメな経営」
「ネガティヴな従業員をゆるすことは、到底できません」「クレームの当事者は、厳重な処分をします」といった文面が、社員に過度なプレッシャーを与え、パワハラにつながる恐れがあるのではないかという指摘も出ているが、経営コンサルサントで百年コンサルティング代表取締役の鈴木貴博氏は次のように解説する。
「セブン-イレブンの伝説の元CEOの鈴木敏文氏が『チェーン店運営は教育事業だ』と語っているように、チェーン店の競争優位には社員力の向上が不可欠です。ペッパーフードサービスの一瀬社長の社内報を読む限り、この原則に沿って力を入れて社員教育に取り組んでいる様子が見られます。
社内報には、問題となった社員へのメッセージとは別に、クレームの実態が統計的に分析されています。ステーキ肉のおいしさや焼き加減についてのクレームが減少傾向にあるなかで、サービスに対するクレームと、クレンリネス(清潔さ)に関するクレームが上昇していて、かつそれが一部の店舗で起きている。チェーン店全体の評判を上げていくために、その一部の店舗の従業員を教育しなければならないのが、いきなり!ステーキの重要課題であることは経営コンサルタントとしてもよく理解できます。
ただ、このような状況が『教育で改善できる』と信じているところが一瀬社長らしいというか、優しいところであり、令和の現実を直視できていないところかもしれません。チェーン内に不良従業員がいる。それが会社と敵対することを楽しんでいる。そのような場合でも古い会社は、彼らをなんとかして更生させようとする。その教育的指導自体がSNSで反撃されるような時代に、一瀬社長のウェットな経営手法はマッチしていないように感じられます。
令和の時代ならば、クレームを減らし全体のサービスクォリティを上げていくために店舗を閉鎖し、その店舗の従業員を切り捨てるという手法を優先する経営者は少なくありません。私は、いきなり!ステーキの経営はネットでいわれるようなブラックではなく、従業員に優しすぎ、従業員の可能性を信じすぎている『温かくてダメな経営』であるように感じます」
高いホスピタリティを社員に求めるという発想の弊害
また、外食業界関係者はいう。
「基本的に、いきなり!ステーキをはじめとする低価格とボリューム、商品提供の速さをウリにする外食チェーンの店舗では、最低限の人員と効率良いオペレーションを徹底しているため、店員は余裕がないなかで目の前の注文をさばくのに精いっぱいの状態で、お世辞にも高いとはいえない給料や時給でキツイ労働を強いられている。
顧客単価が高い高級フレンチ店ならまだしも、そうした外食チェーンの現場の人間からしてみれば、“作業ではダメ”“自己改革しろ”“クレーム受けたら処分する”と言われたところで、反感を抱くだけでしょう。経営層であれば、社員が積極的・自発的にカスタマーロイヤリティを向上させようと動く仕組みづくり、個々の社員にそうした余裕を持たせるオペレーションづくりを、まず第一に考えるべき。
そもそも高いコストパフォーマンスをウリに顧客を集める低価格の外食チェーンで、過度に高いホスピタリティやサービスを社員に求めるという発想は、いわゆるブラック企業化につながりかねず、労働環境の悪化や社員離脱を招く懸念もある」(1月28日付当サイト記事より)
「何ら咎められるものではない」
今回の社内報、法律的には問題ないのだろうか。山岸純法律事務所代表の山岸純弁護士は次のように解説する。
「この社内報の社長の『あいさつ欄』、一瀬邦夫社長ご本人が書いているとしたら、大変僭越ながら、相当の文章力をお持ちの方と感じます。文章にも、“熱い”“冷静”などの温度感があるわけですが、私はこの文章を拝読し、経営理念、目標といった大きいところから始まって、目先の『ではどうすればよいか』という各論に至る“流れ”がとても良く構成されていると思います(僭越でスミマセン)。
お客様を大切にする“お客様商売”の方々の基本の発想であり、何ら咎められるものではないでしょう。
もっとも、クレームがあった従業員について『厳重な処分をします』とのことですが、従業員に適用される就業規則には『懲戒処分』の項目があり、『こういう場合にはこういう懲戒処分となる』ことが明確に規定されています。
しかし、『お客様からクレームがあった場合、減給処分とする』などとストレートには規定されておらず、おそらく、
・素行不良
・著しく協調性に欠ける
・会社の名誉を傷つけた
などとされているでしょうから、『お客様からのクレーム』が、上記のような項目に該当しない限り、『厳重な処分』をすることはできません。単に 『お客様からのクレーム』があったことだけをもって懲戒処分をしようものなら、不当な懲戒処分として撤回を求められたり、損害賠償の対象となることもあります。
一瀬社長が使用した文言自体は、従業員に“発破をかける”という性質の社内報ですから許容範囲であるとしても、実際に 『厳重な処分』を行うと、上記のような問題が発生します」(1月28日付当サイト記事より)
いずれにしても、一瀬社長の“社員にやさしい経営”は、なかなか世間には理解されないようだ。
(文=編集部、協力=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役)