一時は積極的な大量出店でブームを巻き起こしたステーキチェーン「いきなり!ステーキ」。その後、業績が悪化して大量閉鎖に追い込まれ、近年は運営会社ペッパーフードサービスは最終赤字が定着していたが、今年度は営業利益の黒字転換を見込み、再び出店増加を計画するなど“奇跡のV字回復”を遂げつつある。再起は不可能という見方も強かったが、なぜ業績が改善して再建を果たそうとしているのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。
2013年12月に東京・銀座に1号店をオープンした「いきなり!ステーキ」は、ヒレステーキ1g当たり8円の量り売りなどユニークな料金体系や、高価格帯メニューとされていたステーキを割安な価格、立ち食いスタイルで提供する点などが注目され、瞬く間に店舗網を拡大。一時は490店(2019年12月末)まで店舗網を拡大させた。
質へのこだわりも強く、厳選した米国牛肉を使用し、「ワイルドステーキ」には米国農務省が認定した認定アンガスビーフCABを使用。大きなブロック肉を店舗で下処理・カットし、 焼き台内部には「桜島の溶岩」を取り入れ、溶岩の遠赤外線の力で肉の旨味を逃さないように焼いている。
だが、18年頃から客数が前年同月比マイナスとなる月が続き、同年12月期決算では最終赤字に転落。20年には100店以上の一斉閉店と200人の希望退職募集を発表し、同じく主力事業のステーキチェーン「ペッパーランチ」の売却を決定。さらに減損損失と事業構造改善引当金を計上し一気に改革を進める姿勢を見せたが、以降、業績不振が継続。18~20年12月期、22~23年12月期は最終赤字となっている。店舗数は現在、約180店舗にまで減少した。
コスパ面では「焼肉きんぐ」のほうが魅力的
ウリだった「価格の安さ」という強みも薄まっている。値上げを重ね、直近の今年4月の価格改定では、「ワイルドステーキ」150gを1240円(税込)から1390円へ、「赤身!肩ロースステーキ」150gを1090円から1180円へ、「特選ヒレステーキ」150gを2100円から2320円へ、「ランチワイルドステーキ」150gを1390円から1560円へ値上げした。
競合のステーキチェーンをみてみると、「ブロンコビリー」の「炭焼きやわらかランチステーキ」(160g)は、「ご飯(またはパン)」と「たまごスープ」がついて1518円で、プラス1188円で20種類以上のサラダ・フルーツ・デザートが食べ放題の「サラダバー」をつけることができる。ドリンクバー(食事とセットで220円)や各種おこさまメニューもあり、ファミリーレストラン感覚での利用もできる。
「『いきなり!ステーキ』はロードサイド店への出店も進めて家族客の取り込みに力を入れてきたが、たとえばライス・サラダ・スープが付いた平日限定ランチメニューの『ランチワイルドステーキ(150g)』は1560円。プラス600円払えば、バラエティ豊富な焼肉、サイドメニュー、デザートが食べ放題でソフトドリンク飲み放題もついた『焼肉きんぐ』の『ランチコース』を2178円を食べることができ、コスパ面では『焼肉きんぐ』のほうが断然魅力的といえる。また、家族全員がステーキを食べたいとは限らず、さまざまなメニューが揃うファミリーレストランとも競合するため、ファミリー客向け市場で戦っていくのは、なかなか厳しい」(外食チェーン関係者)
経営体質に疑問が寄せられる事態も
不振にあえぐなか、ペッパーフードサービスの経営体質に疑問が寄せられる事態も起きていた。22年、同社がHP上に掲載した社内報で、社員に向けて
「お客様に不快な思いをさせたネガティヴな従業員をゆるすことは、到底できません」
「どうやらこのネガティヴ従業員によって大部分のクレームが起こっているようです。『店舗では作業するだけで給料をもらえると思うのは大間違いです。』」
「再三にわたるクレームの当事者は、厳重な処分をします」
と書かれていたことが明るみに。さらに同年には、コスト削減のために料理用ビニール手袋の着用を片手のみにするよう本部が店舗に指示し、店舗のピーク時に両手に手袋を装着して調理していた従業員が、監視カメラで監視している上司から叱責されるケースもあるという事実も発覚した。
22年には創業者の一瀬邦夫氏が社長を退任し、後任には長男の一瀬健作氏が就任。経営再建を進めてきたが、ついに24年12月期には営業利益の黒字転換を見込むまでに改善が進んでいる。一瀬社長は9月14日付「東洋経済オンライン」インタビュー記事内で経営改善の要因として、不採算店舗の閉鎖、ファミリー客重視への転換、ボトムアップ型経営への転換、回転率重視から「食事の時間を楽しんでもらえるレストラン」への転換を挙げている。
ボトムアップ型経営への変更
自身でも飲食店経営を手掛ける飲食プロデューサーで東京未来倶楽部(株)代表の江間正和氏はいう。
「業績回復の要因として、ボトムアップ型経営に変更したことが大きいと思います。私もコンサル業において『現場の従業員がもっとも状況を把握している』と考えており、現場とのミーティングを重視しています。彼らは日頃から店舗にいるわけですから、不満や自店のいいところ、悪いところに気づきながら仕事をしています。この情報を吸い上げて活かしていくことで、店舗の業績は改善します。
ファミリー客重視の店舗やインバウンドに力を入れる店舗があってもよく、これらは立地など店舗の特性によって変わります。現場は日頃から客層を見て、お客さんからリクエストを聞いていますので、本部が納得するものならどんどん実施したり、強化したりすると、現場のやる気にもつながり業績は上がっていきます。もちろん、本部もコスト削減のために肉の仕入れ変更や不採算店の閉店を行い、売上増加のために海外出店し、トータルで業績回復となりますが、売上については現場の声を生かしていくことが重要です」
お客さんを飽きさせない
「いきなり!ステーキ」はファミリー客を重視した店舗への転換を進めているが、競合も多いなか、生き残って成長していくことは可能なのか。
「これについてもお客さんの声に耳を傾けていくことで可能だと思います。ステーキを食べたいというニーズ、ステーキを食事として選ぶ層は一定数います。このパイの奪い合いとなりますから、お客さんの選択肢に残り、選ばれる理由が必要です。
ファミリー層は子どもに選択権があることが多く、『今日はどこに行きたい?』と親が聞いて子どもが出す案が優先されます。もし、ファミリー層を狙うとしたら、子供の心を掴む『遊び心』やサービスが重要になることでしょう。逆に都心部でサラリーマンや一人暮らしの人をターゲットにするのなら、ボリュームや価格などの『お得感』が近隣他店よりも勝っていることが重要になります。
昨今お客さんは安ければいいという人ばかりではありません。味やボリューム、サイドメニュー、サービス、居心地など、いろいろなものが複雑に影響して、最終的にはお客さんの感情で『あっちのお店よりはここだな』と思ってもらえれば成功です。これらはお客さんの声、ニーズに表れてきますので、やはり現場からの情報吸い上げとその活用がカギとなることでしょう」(江間氏)
では、今後について懸念などはないのか。
「現場の声のなかには雑音が混ざることもあります。『お客さんの声』というのは、従業員個人の感覚であって、正しくない場合もあります。それに惑わされてしまうと迷走につながります。ただし、複数の従業員から同じような話を聞くようになってくると、本部としては見過ごすわけにはいきません。これらの情報の取捨選択が必要になります。
いったんは業績が回復しても、それがずっと続くとは限りませんし、続かないほうが多いものです。絶えずアンテナを張り、お客さんを飽きさせないということも必要です。新しいライバルも出現することでしょう。今の時代のお客さんは好奇心旺盛なので、料理に飽きてしまうこともあります。これらには兆候が表れますから、うまくいっていることは継続しながら、絶えずアンテナを張って前進していく姿勢が必要だと思います」(江間氏)
(文=Business Journal編集部、協力=江間正和/東京未来倶楽部(株)代表)