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新築コストが1割上昇…断熱材・塗料・配管、家づくりを止めた「化学原料の欠乏」

2026.05.17 06:00 2026.05.16 23:53 経済
文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=田代隆盛/エネルギー研究・政策アナリスト

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●この記事のポイント
中東情勢悪化によるホルムズ海峡封鎖で、ナフサ価格が危機前比44%超高騰。断熱材・塩ビ管・塗料など住宅建材が連鎖値上げし、新築コストは契約単価で70〜100万円上昇。資材不足と建設2024年問題が重なる構造的危機の実態と、建設DXによる産業転換の展望を解説する。

 2026年春、日本の住宅業界は前例のない衝撃に見舞われた。新築コストの急騰、資材の受注停止、工期の延長——。その背景を丁寧に読み解くと、価格上昇という表層の下に、日本の「家づくり」が長年内包してきた脆弱な構造が透けて見えてくる。

●目次

「1割の値上がり」は結果であって、原因ではない

 4月以降、住宅業界を取材したメディア各社の報道でキーワードとして繰り返し登場したのが「ナフサショック」という言葉だ。

 事の発端は2月末に遡る。米国とイスラエルによるイランへの軍事攻撃をきっかけに中東情勢が急速に緊迫化し、3月にはホルムズ海峡が事実上の封鎖状態に陥った。これにより、日本の住宅建材に不可欠な石油化学原料「ナフサ」の供給が激震を受けた。

 ナフサの国内調達価格は危機発生前と比較して44%以上高騰し、4月には1キロリットル当たり12万5103円という歴史的な高値を記録した(業界団体調査)。注文住宅を手がける工務店や住宅メーカー各社は、4月以降の新規契約で原価ベース70〜100万円のコストアップを余儀なくされており、これが消費者の目に見える「住宅価格1割上昇」として現れている。

 しかし、ここで重要なのはこの価格上昇を「中東の紛争による一時的なコストアップ」として処理してしまわないことだ。今回の混乱が露わにしたのは、危機そのものではなく、それ以前から日本の住宅産業が抱えていた構造的な脆弱性である。

「木の家」に潜む、見えない石油

「木造住宅に石油は関係ない」と思う読者もいるだろう。だが、現代の家づくりにおいてナフサ由来の石油化学製品は、文字通り縁の下の力持ちとして隅々にまで浸透している。

 たとえば2025年度から義務化が始まった省エネ基準への適合に欠かせない断熱材(ポリスチレンフォームやウレタン)はナフサ由来のプラスチックで作られる。給排水に用いる塩化ビニル管、内装を仕上げるビニールクロスやクッションフロア、集成材や合板を接合する接着剤、外壁・屋根の塗料を薄めるシンナー——これらはすべて石油化学製品だ。シンナーにいたっては成分のほぼ全量がナフサ由来であり、これが入手困難になれば塗装という最終工程が止まり、引き渡しが不可能になる。

 今回のナフサショックでは断熱材・ルーフィングがそれぞれ約40〜50%、塩化ビニル管が12〜20%の値上げとなった。TOTOやLIXILといった大手住宅設備メーカーも一時、受注停止を余儀なくされた。これは日本の住宅リフォーム市場の大半のシェアを占める二社が同時に供給を止めるという、業界史上初の事態だった。

 さらに問題をより深刻にするのが、日本のナフサ調達構造だ。日本は輸入ナフサの82%を中東(サウジアラビア、UAEなど)に依存しており、輸送ルートはホルムズ海峡を経由する。仮に同海峡が完全に封鎖されれば、日本のナフサ供給量の8割が一挙に断たれる計算になる。燃料としての原油に関しては国家備蓄制度が整備されているが、化学原料としてのナフサの備蓄は相対的に薄く、今回の危機でその非対称性が改めて露呈した形だ。

「省エネ義務化でますます断熱材の需要が増えるタイミングに、その断熱材の原料供給が止まるという皮肉な事態だ。環境性能と安定供給という2つの政策目標が、同じ石油依存という一点でバッティングした」(エネルギー研究・政策アナリストの田代隆盛氏)

「資材不足」×「2024年問題」が生む、業界の二極化

 物資の不足だけでも深刻だが、今回の危機にはもう一つの要因が重なっている。2024年4月に施行された働き方改革関連法による「建設・物流2024年問題」だ。ドライバーや職人の時間外労働規制が強化されたことで、資材の輸送リードタイムは以前にも増して長期化している。

 中東情勢に伴い欧州・中東からの輸入部品は紅海航路を避けて喜望峰経由(南アフリカ回り)へと変更されており、通常より2〜4週間の遅延が生じている。「資材が届かない」という物理的な断絶は、国際情勢と国内制度改革の双方から同時に引き起こされているのだ。

 この局面で顕在化しているのが、業界の二極化である。仕入れ力を持つ大手ハウスメーカーやゼネコンは、スケールメリットを活かして資材の優先確保に動けるが、中小工務店はそのような交渉力を持たない。資材確保のための3ヵ月前発注が推奨される中、仕入れ資金のキャッシュフローに余裕のない事業者ほど納期が立たない状況に追い込まれている。

「低コスト・短工期」を強みに受注を重ねてきたビジネスモデルは、今まさに物理的な限界に直面している。建設資材物価指数は2015年比で約40%上昇しており、かつての”安さ”を維持するためのコスト前提が根底から崩れている。

危機が加速させる「建設DX」と「省人化」のリアル

 こうした複合的な危機は、逆説的に、業界が長らく先送りにしてきたデジタル転換を急加速させている。

 国土交通省は2024年度に「i-Construction 2.0」を公表し、建設現場のオートメーション化を推進。2040年度までに建設現場の省人化を3割改善する目標を掲げた。現場での「手作業」を減らし、工場での事前製造(プレファブリケーション)へとシフトする動きは、資材不足と人手不足という双方の課題への回答として説得力を増している。

 建設用3Dプリンターの活用も、議論のフェーズから実装のフェーズに移行しつつある。大林組は3Dプリント建築物として国内初の建築基準法大臣認定を取得。国産スタートアップのPolyuseは2025年4月に建設用3Dプリンター「Polyuse One」の量産化を開始した。みずほ銀行の試算では、建設用3Dプリンターが一般普及した場合、最大11万人規模の省人化効果が見込まれるとされている。

 ただし、冷静に見ると、こうした新技術が住宅市場全体に波及するにはなお時間を要する。建築基準法の対応、専門人材の育成、コスト面での課題は現時点では残存しており、短期的な「救済策」として過度な期待をかけることは慎むべきだろう。それでも、今回の危機が、業界の変化を「将来の話」から「現実の選択肢」へと引き寄せたことは間違いない。

「これまで日本の建設現場は、熟練職人の技術と低コスト資材の組み合わせで成立してきた。どちらも失われつつある今、デジタルと素材の両面での再設計が避けられない」(同)

問われるべきは「何が起きたか」ではなく「何を選ぶか」

 建設資材物価指数の過去20年の推移を見れば、リーマンショック後の一時的な下落を除き、指数はほぼ一方向に上昇し続けてきた。今回のナフサショックが仮に年内に落ち着いたとしても、一度上昇したコスト構造が元に戻ることは考えにくい。

 今後、住宅の価値を測る指標も変容していくだろう。「立地」や「広さ」という従来の軸に加え、「エネルギー自給率(ZEH化)」「石油由来建材の使用量」「メンテナンスコストの予測可能性」といった指標が、レジリエンスある住宅を選ぶ際の視点として重要性を増している。地産地消の国産木材や、セルロース系・バイオ系断熱材への関心が高まっているのも、単なる環境意識の高まりではなく、サプライチェーンリスクへの現実的な対処という側面が強い。

 価格高騰を前に「今すぐ契約を」という焦りは禁物だ。一方で、「情勢が落ち着くまで待つ」という選択もまた、単純ではない。建材の供給不安が長期化するなか、工期の読みにくさは続くからだ。消費者にとって今求められるのは、市況に追われた判断ではなく、「どのような性能と耐久性を持つ家を選ぶか」という本質的な問いに向き合うことではないだろうか。

 今回の混乱は、日本の建設業界が「低コスト・使い捨て」のモデルから「高品質・長寿命・レジリエンス」へとシフトするための、痛みを伴う過渡期の始まりとして位置づけることができる。問われているのは、産業の側だけではない。家を選ぶ私たち自身の価値観もまた、問い直しを迫られている。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=田代隆盛/エネルギー研究・政策アナリスト)

公開:2026.05.17 06:00