白黒パッケージは序章にすぎない…ホルムズ海峡封鎖が招く「インク・接着剤」枯渇

●この記事のポイント
ホルムズ海峡封鎖によるナフサ不足が、カルビー主力14商品の白黒パッケージ化を招いた。日本はナフサの8割超を中東に依存し、民間在庫はわずか20日分。印刷インク・接着剤・衛生用品・建材へと波及する「第2波」の実態と、ジャスト・イン・タイム依存が露わにした構造的脆弱性を解説する。
5月25日以降、スーパーの棚にカルビーの「ポテトチップス」を手に取ると、見慣れたカラフルなデザインが消えていることに気づくかもしれない。うすしお味やコンソメパンチを含む主力14商品のパッケージが、白と黒の2色に切り替わる。伊藤ハムも同様の対応を検討していると報じられている。これは単なる「節約」ではない。2026年2月28日に始まったホルムズ海峡の事実上の封鎖が、日本の製造業の「見えない生命線」を確実に絞り始めている証左だ。
●目次
なぜ今、色が消えるのか
カルビーが「白黒パッケージ」に踏み切ったのは、中東危機で印刷インク不足が深刻化したためだ。ナフサ不足から、印刷インクの原料である溶剤や樹脂の品薄状態が続いている。
7月に予定されていた「ポテトチップス サワークリーム風味」の新発売も中止となった。新商品の包装に必要な多色印刷インクの調達が不確実なためとみられる。
注目すべきは、企業がインク不足に直面してもなお「値上げ」ではなく「パッケージ簡素化」という手段を選んだことだ。これは消費者の値上げ疲れへの配慮であると同時に、カラーインクが「高くて買えない」のではなく「そもそも入ってこない」という物理的制約を示している。
佐藤啓官房副長官は12日の記者会見で、中東情勢の長期化に伴う印刷インクの不足の実態を把握するため、関係企業と意思疎通すると表明した。政府は同日、カルビーへのヒアリングを予定するとした。一方で「印刷用インクあるいはナフサについて、現時点で直ちに供給上の問題が生じるとの報告は受けていない」とも説明し、輸出量の削減などで需要に応じた供給量を確保しているとの認識を示した。
政府の公式見解と、企業の現場対応のあいだに温度差が生じていることは、事態の複雑さを物語っている。
「ナフサ」という名のミッシングリンク
「なぜ中東の紛争がインク不足を招くのか」。この問いに答えるには、ナフサ(粗製ガソリン)という石油製品の存在を知る必要がある。
ナフサとは、原油を蒸留・精製する過程で得られる軽質油で、エチレン・プロピレン・ブタジエンといった基礎化学品の出発点だ。これらからインクの溶剤・顔料を固める樹脂・パッケージを貼り合わせるラミネート剤が作られる。つまり、「原油→ナフサ→化学製品→インク→パッケージ印刷」という長いサプライチェーンのどこかで「目詰まり」が起きたということだ。
問題は、日本がこのナフサを中東に極端に依存してきた構造にある。
国内のエチレンプラントで使われるナフサのうち、輸入ナフサの中東産比率は74%を占める。国産ナフサの基となる原油の95%程度が中東からの輸入であることと合わせると、実質的に日本はナフサの8割超を中東に依存しているといえる。
さらに深刻なのは備蓄体制だ。国には原油の国家備蓄制度(約250日分)が整備されているが、ナフサには国家備蓄制度がない。民間在庫は約20日分という非常に薄い水準であった。
ホルムズ海峡封鎖後、国内12基中6基のエチレンプラントが減産を継続した。2026年2月のエチレン稼働率は75.7%で、業界が好不況の目安とする90%を43カ月連続で下回っている状態だ。
化学産業に詳しい戦略コンサルタントの高野輝氏はこう指摘する。
「エネルギー安全保障の議論では長年、原油備蓄が焦点とされてきた。しかしナフサは”材料”として扱われ、同じ中東依存でも国のセーフティネットの外に置かれてきた。今回の危機は、縦割りの盲点が製造業の根幹を揺るがすという、制度設計上の欠陥を白日の下にさらした」
「インク不足」が止める、意外な現場
インク不足の波及は、食品パッケージにとどまらない。
物流の生命線も例外ではない。段ボールへのインクジェット印字、伝票のカーボン紙、物流ラベルの粘着剤(アクリル系接着剤もナフサ由来)――これらが滞れば、ECサイトの配送も止まる。国内製造業の約3割がナフサ調達リスクに直面する可能性があるとされており、「燃料費が上がる」にとどまらない、現物が手に入らないという構造的な危機が進行している。
建材・自動車現場では、シンナー(ほぼナフサ由来の溶剤)や補修用塗料が出荷制限に入りつつある。断熱材のフェノール樹脂やウレタン、外壁塗料を薄めるシンナー、塩ビ管(PVC)はいずれもナフサ由来であり、納期の遅れや着工不可の現場が出始めている。
衛生用品も同様だ。下流では、おむつ、マスク、衛生用品などに石油化学誘導体を使用する企業が、夏以降も緊張が続けばコスト上昇の可能性を指摘している。
「ナフサ分解炉を動かすと、エチレン・プロピレン・ブタジエン・BTX(ベンゼン・トルエン等)が同時に生産される”連産品”構造になっている。一カ所の停止が下流の複数製品ライン全体を一斉に揺るがす。今回の危機は第1波(燃料)→第2波(日用品・パッケージ)→第3波(建材・自動車)→第4波(医療機器・機能性化学品)という時間差を伴う連鎖として進行しており、白黒パッケージはその”第2波”の可視化にすぎない」(高野氏)
「豊かさの土台」の脆さと、問われる備え
2020年時点では中東からのナフサ輸入依存度は53.1%だったが、2024年には73.6%に急上昇した。中東からの供給が安定していて安価だった時期には、原料供給源の多様化は経済的に魅力のないものだった。その結果、業界は計画的なアプローチではなく、緊急事態の中で対応に追われるという集中リスクを抱えることになった。
ジャスト・イン・タイム(必要なものを必要なだけ)という効率優先の在庫管理は、平時には合理的だ。だが民間在庫20日分というナフサのバッファーは、エチレンプラントの再稼働に最低30日以上かかるという現実と組み合わせると、緩衝材としては機能しない。
政府は現在、川下製品(ポリエチレン等)の在庫活用と非中東ルート(米国・南米・東南アジア)からの調達拡大を並行して進めているが、ナフサ供給の安定化には、ホルムズ海峡情勢の沈静化に加え、米国産ナフサへの調達ルート切り替えの定着が必要で、最低でも2026年内、長ければ2027年前半まで影響が続く可能性がある。
白黒のパッケージは、私たちが享受してきた「豊かさの土台」がいかに細い一本線の上に成り立っていたかを示す、最もわかりやすい警告灯だ。「中東で何かが起きた」というニュースは、これまで燃料費や電気代の問題として認識されてきた。しかし今回の危機が明らかにしたのは、それがインクであれ、接着剤であれ、おむつであれ、私たちの日常を構成するあらゆる素材が、ホルムズ海峡という幅40キロメートルの水道に依存しているという事実だ。
企業が今、問われているのは「危機への対応力」だけではない。平時において地政学リスクをどこまで自社の調達戦略に折り込み、多様化・備蓄・代替材開発へ投資してきたかという「構造の強さ」そのものだ。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=高野輝/戦略コンサルタント)











