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AIを動かす「1ナノの物差し」…世界シェア70%、日立ハイテクが握る半導体計測

2026.05.07 06:00 2026.05.07 01:04 経済
文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=岩井裕介/経済コンサルタント

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●この記事のポイント
AIチップ製造に不可欠な半導体計測装置「CD-SEM」で世界シェア約70%を握る日立ハイテク。0.1ナノメートル精度の測定技術がAI量産を支える構図と、中国の国産化加速・輸出規制強化が招く地政学リスク、そして露光装置でのニコン敗退が示す「勝利の罠」を多角的に考察する。

 19世紀のカリフォルニア・ゴールドラッシュで最も財を成したのは、砂金を掘り当てた採掘者ではなく、スコップやジーンズを売った商人たちだったといわれる。現代のAIブームに置き換えるなら、NVIDIAのGPUやTSMCの先端ファウンドリがスポットライトを浴びる一方で、それらを陰で支える「物差し屋」に光が当たることは少ない。

 その「物差し屋」の代表格が、日立ハイテクだ。同社は「見る・測る・分析する」をコア技術とし、半導体製造装置や科学機器を軸にグローバル展開する企業で、2025年3月期の売上収益は7,565億円を記録している。なかでも同社の主力製品であるCD-SEM(Critical Dimension Scanning Electron Microscope、測長走査型電子顕微鏡)は、AIチップ量産を下支えするインフラとして、半導体業界の内外から注目を集めている。

●目次

「見えなければ作れない」——0.1ナノメートルの闘い

 半導体の回路線幅は現在、最先端品で2〜3ナノメートル(nm)の水準に達しようとしている。1ナノメートルとは10億分の1メートル、シリコン原子数個分に相当する極微の世界だ。ここまで微細化が進むと、光学顕微鏡はもはや役を果たせない。光の波長そのものが、測定したい対象物より大きいからだ。

 そこで登場するのが、電子線(電子ビーム)を使ったCD-SEMである。CD-SEMは走査型電子顕微鏡の技術を応用し、ウェーハ上に形成された微細パターンの寸法を高精度に計測するために特化した装置だ。最終製品としての半導体が優れているかどうかは、この測長SEMの性能次第ともいえる。

 精度の要求は凄まじい。製造ばらつきの許容範囲が1〜2nmの場合、測定装置の誤差(機差)はその10分の1、つまり0.1nmまで抑え込まなければならない。複数の装置間でこのレベルの誤差管理を維持することが求められている。

 地球の周長(約4万km)に対して0.001mmのズレを検出するに等しい精度、とでも言えば、その非現実的な困難さが伝わるだろうか。しかしそれが、量産ラインでは「当たり前」の要件として課されている。

 元半導体メーカー研究員で経済コンサルタントの岩井裕介氏は次のように語る。

「計測装置は、製造プロセスの『前提条件』です。歩留まり(良品率)を1%改善するためには、まず何が起きているかを正確に把握しなければなりません。測れない問題は解決できない。計測装置は品質管理ツールではなく、製造インフラそのものです」

「すり合わせ」の極致が生んだ7割シェア

 測長SEMの世界市場において、日立ハイテクはシェア70%を誇るトップ企業だ。1984年の1号機発売以降、高画質像や高い計測性能が評価され、この世界シェアを維持し続けており、累積出荷台数は6,000台を突破した。

 なぜ日本企業が、この分野でこれほどの圧倒的地位を築けたのか。

 一つには、電子光学系の制御技術がある。電子線を原子スケールで制御し、試料にダメージを与えず、安定した測定値を出し続けるためには、真空技術、振動制御、電子銃の設計が高水準で「すり合わさって」いなければならない。これはデジタルで記述・移転しにくい暗黙知の塊であり、長年の蓄積が参入障壁を形成する。

 露光装置の世界でオランダのASMLが君臨するのとは対照的に、計測装置の領域で日本企業が強みを発揮してきた背景について、製造技術の研究者はこう説明する。

「露光装置はシステム統合型のアーキテクチャで、オープンに標準化を進めたASMLが勝ちました。一方、計測装置は個別の製造環境への『現場適応』が鍵を握る。日本のモノづくりが持つ、顧客との密着型の改善サイクルが競争優位になりやすいのです」

 もう一つは、データの蓄積だ。6,000台を超える導入実績は単なる販売台数ではない。世界中の最先端ファブ(製造拠点)から積み上げられた計測データの集積であり、それ自体が競合にとって容易に追いつけない知的資産となっている。

「物差し屋」から「工程コンサルタント」へ

 注目すべきは、計測メーカーの役割が変化していることだ。微細化の進展は「何が正解か分からない」領域に入りつつあり、ファウンドリ各社は計測データの解析・フィードバックをメーカー側に依存する傾向が強まっている。

 日立ハイテクは2027年度をめどに北海道千歳市にサービス拠点を開設する予定で、同地で先端半導体の量産を開始するラピダスの事業展開を後方支援する計画だ。これは単なる「装置の修理・メンテナンス」にとどまらない。製造プロセスの初期立ち上げ段階から計測データを介して製造品質を安定させる、いわば「歩留まりコンサルタント」としての役割を担うことを意味する。

 製造現場のビッグデータを握る計測メーカーは、ハードウェア企業であると同時に、プロセスノウハウを蓄積したデータサイエンス企業でもある。AIが半導体設計・製造プロセスの最適化に活用される時代において、この計測データの価値はさらに高まると予想される。

「勝利の罠」——栄光が孕む脆弱性

 しかし、現在の優位は将来の安泰を意味しない。

 地政学的リスクが急速に高まっている。2025年の世界半導体製造装置メーカー上位20社には中国企業が3社入り、2022年比で3倍に増えた。中国は装置の国産化率を2〜3割に伸ばしたとの見方もある。一方、中国は日本政府に対し、中国企業への半導体製造装置の販売や関連サービスをさらに制限すれば厳しい経済的報復措置を講じると示唆している。

 輸出規制の強化が進む一方で、日本の装置メーカーにとって中国市場は依然として重要な収益源だ。規制の範囲・程度いかんによっては、短期的な需要の変動が業績に直結するリスクがある。

 より根本的な問題は、技術的優位の持続可能性だ。かつてニコンやキヤノンは、半導体露光装置でシェア首位を誇っていた。しかしASMLがEUV(極端紫外線)露光技術への転換に成功する一方、両社はその波に乗り遅れた。結果として、現在のEUV市場はASMLがほぼ独占し、ニコン・キヤノンは周辺領域に後退している。

 イノベーション研究者が「破壊的革新」と呼ぶこの構図は、計測装置の世界にも訪れうる。電子線ベースのCD-SEMに代わる計測技術——たとえばX線を使ったスキャトロメトリや、AIを活用した非接触型の計測手法——が台頭した場合、蓄積したノウハウの優位性が相対化されるリスクは排除できない。また、標準プラットフォームの形成が進めば、特定企業の技術的差別化が薄れる可能性もある。

AIは「物理」に帰着する

 AIがどれだけ高度化しても、それを実行するチップはシリコンでできた「物質」であり、物理法則から逃れることはできない。AIの進化は突き詰めると、原子スケールの製造精度への挑戦であり、その精度を担保するのが、日立ハイテクが磨いてきた「1ナノの物差し」だ。

 AIチップの微細化が進むほど、計測技術の需要は高まる。その意味で、日立ハイテクが代表する日本の計測装置産業は、AIブームの確かな受益者であり続けるだろう。しかし同時に、その地位を守り続けるには、現在の優位に安住せず、次世代の計測パラダイムへの先手を打つことが不可欠だ。

シリコンバレーのコードが書くAIの未来は、千葉や山口の工場で磨かれた「物差し」なしには成立しない。その事実の重みを、業界の内外が正確に認識しているかどうかが、日本半導体装置産業の10年後を左右するだろう。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=岩井裕介/経済コンサルタント)

公開:2026.05.07 06:00