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国立大学として異例の5千億円「独自運用」…東京科学大が挑む「稼ぐガバナンス」

2026.05.12 05:55 2026.05.11 22:53 企業
文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=川﨑一幸/金融アナリスト
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東京科学大学本館(「Wikipedia」より)

●この記事のポイント
2026年1月に国際卓越研究大学へ認定された東京科学大学が、5,000億円規模の独自ファンド運用を目指す。2004年比で実質約20%減の国立大学交付金問題を背景に、ハーバード大8兆円基金を参照しながら「医工連携×投資」の循環モデルで日本版エンダウメント確立を狙う。

 2026年1月、文部科学省は東京科学大学を「国際卓越研究大学」に正式認定した。東北大学に次ぐ第2号認定校の誕生は、単なる称号の付与ではない。政府の10兆円規模「大学ファンド」から最長25年にわたる助成を受ける資格を得るとともに、同大が掲げる5,000億円規模の独自ファンド運用という、日本の教育界にとって前例のない「攻めの経営」への号砲でもある。

 2024年10月に東京工業大学と東京医科歯科大学が統合して誕生した東京科学大学。理工学と医歯学のトップ同士が一法人に融合したこの大学が、なぜ今、自ら「投資家」として市場に立ち向かおうとするのか。その背景にあるのは、20年以上にわたって積み重なってきた国立大学財政の「構造疲労」だ。

●目次

「お上頼み」はもう限界…国立大学財政の20年

 国立大学が法人化されたのは2004年。独立採算に近い形で各大学が運営される仕組みへの移行と引き換えに、国から支給される「運営費交付金」は緩やかな減少の道を歩み始めた。文部科学省のデータによると、法人化当初の2004年度に1兆2,415億円あった交付金は、2024年度には1兆784億円まで減少。名目でも13%(1,631億円)の削減であり、物価上昇を加味した実質削減率は18〜20%に達するという試算もある(先端教育オンライン、2026年3月)。

 さらに悪化する状況に追い打ちをかけたのが、近年の物価高騰だ。2024年6月、国立大学協会は財政状況が「もう限界」に達したと訴える声明を発表。学生1人当たりの交付金は2004年の約200万円から2024年には約170万円へ、15〜20%目減りしており、若手研究者の不安定雇用や基礎研究の衰退につながっているとの指摘は後を絶たない。

 こうした事態への処方箋として、政府が2022年度に運用を始めたのが「大学ファンド」だ。10兆円の資産を株式・債券などで運用し、その利益を選ばれた数校の国際卓越研究大学に最長25年にわたって分配する制度。運用益の目標は年間3,000億円で、2024年度末時点でファンドの資産は11兆1,056億円にまで膨らんでいる(JST業務概況書)。

 ただし、この支援を受けるには条件がある。各大学が「自主財源の確保」に向けた具体的な長期運用計画を提示しなければならない点だ。国が「出すから、お前も稼げ」というわけである。

ベンチマークはハーバード…「エンダウメント」という経営モデル

 日本の大学経営者が必ず参照するのが、米国トップ大学のエンダウメント(寄付基金)モデルだ。ハーバード大学の基金は2024年度に9.6%のリターンを記録し、運用資産は532億ドル(約8兆円)に達した。イェール大学は同約414億ドル(約6兆円)。両校ともに、ノーベル賞経済学者の理論を実装したプロの運用チームが、プライベートエクイティやヘッジファンドを組み合わせた分散ポートフォリオを管理し、年率10%前後のリターンを長期にわたって実現している。

 ハーバードでは、この運用益が大学年間収入の約37%を占める。授業料や政府補助金に依存せずとも、世界中から超一流の研究者を高給で迎え入れ、最先端の設備を整備できる「自律的サイクル」が回っている。

 これに対し、日本のトップ私学の慶應義塾大学の基金は約870億円、東京大学が約190億円と、英米トップ大学の数%程度にすぎない(楽待コラム、2025年12月)。格差は歴然だ。

 大学経営を専門とする研究者の間では、「日本の大学がこの差を埋めるには、寄付文化の醸成と同時に、運用そのものをプロフェッショナル化する両輪が不可欠だ。エンダウメントは一朝一夕にできるものではなく、20〜30年単位の戦略設計が求められる」(大学経営・財務研究の専門家)との見方が共通認識になりつつある。

先行する動き…「東大債」と慶應の運用実績

 国立大学として先鞭をつけたのは東京大学だ。2020年代初頭から「大学債」の発行を開始し、2024年12月には3回目となる110億円のサステナビリティボンドを40年物・利率2.877%で発行した。10年間で1,000億円超の調達を目指すこの試みは、大学が初めて資本市場と正面から向き合う象徴的行動として関心を集める。

 私立大学では慶應義塾が先行して独自運用を展開。収益基盤の多様化において私立大学特有のガバナンスの柔軟性を活かしながら実績を積んでいる。

 これらの動きは「大学経営の企業化」という大きなトレンドの一部だ。かつては研究者コミュニティによる合議制が支配していた大学経営に、CFO(最高財務責任者)の設置やプロの運用受託機関の活用といった、民間企業型のガバナンスが持ち込まれてきている。

東京科学大学の「野望」…医工連携とハイブリッド循環

 こうした流れの中で東京科学大学が打ち出した5,000億円ファンド構想は、既存の取り組みと一線を画す。単なる資産運用の拡大にとどまらず、「研究×投資」のハイブリッド循環を設計している点が独自性の核心だ。

 同大が狙うのは、理工学と医歯学の統合から生まれる「医工連携」型スタートアップの育成である。人工関節、医療デバイス、再生医療など、工学的精度と医学的知見を融合させた深層技術(ディープテック)は、社会実装までの道のりが長い一方で、いったん市場化されれば大きな経済価値を生む。大学がその株式やライセンス収入をファンドに還流させることで、「稼いだカネが再び研究に回る」持続可能な循環を描いている。

 文科省が認定時に「日本の新しい大学のモデルとなることが期待される」「臨床系教員の研究時間確保策は野心的」と評した背景には、こうした体制強化計画の具体性がある。また、博士課程学生への経済的支援を年間400〜500万円水準へ引き上げる方針(同大理事長・学長インタビュー、日経新聞2025年12月)も、優秀な人材を国内に引き留めるための布石として機能する。

「東京科学大学のアプローチは、研究資産のマネタイズとエンダウメント積み上げを同時並行させようとする点で興味深い。医工連携はスタートアップエコシステムとの親和性も高く、大学発VCのような機能を内部に持つモデルへの進化も視野に入るだろう」(大学発スタートアップの資金調達に詳しい金融アナリスト・川﨑一幸氏)

変化の本質

 この動きはアカデミアだけの話ではない。企業のR&D担当者やベンチャー投資家にとっても、見逃せない構造変化が進行している。

 第一に、大学が「安定した共同研究パートナー」になりうるという点だ。外部資金への依存度が高い大学では、プロジェクトが単年度予算に縛られがちで、長期的・継続的な産学連携が組みにくかった。自主財源が充実すれば、10年単位の深い共同研究が現実的になる。

 第二に、知的財産(IP)のアセット価値が可視化されるという変化だ。大学が「稼ぐ」意識を持つことで、従来は埋もれていた研究成果の事業化が加速する。ディープテック領域への投資を検討する機関投資家にとって、大学の財務基盤の透明性は投資判断の重要要素になりつつある。

 第三に、ガバナンス改革の加速だ。東京科学大学は理事長・学長(大学総括理事)体制という「一法人一大学では史上初」の統治構造を採用した。研究者コミュニティの合意形成を優先してきた従来モデルから、経営責任と研究の自由を分離しつつ統合するデュアルリーダーシップへの移行は、大学経営に留まらず、専門家集団を束ねるあらゆる組織へのヒントを提供する。

残された課題…「研究の自由」と「市場の論理」の緊張

 もちろん、課題がないわけではない。エンダウメント運用には市場リスクが伴い、2008年の金融危機時にはハーバードでさえ1年間で30%近い資産の目減りを経験した。「稼ぐ」プレッシャーが研究の方向性に影響を与えかねないという懸念は、学術コミュニティの間で根強い。

 また、5,000億円という目標額の達成には、国内外からの寄付文化の醸成、スタートアップ育成の実績積み上げ、そして優秀な運用人材の確保という複数の難題が同時に解かれる必要がある。目標はあくまで長期的な目線のもの、との理解も必要だ。

「日本の大学エンダウメントが軌道に乗るまでには、少なくとも10〜15年の助走期間が必要だろう。重要なのは短期の数字ではなく、ガバナンス改革と人材育成が同時に前進しているかどうかだ」(同)

 それでも、東京科学大学の挑戦が持つ意義は大きい。大学が「お上頼み」から脱し、リスクを取りながら自律的に経営資源を拡大しようとする姿勢は、日本の高等教育システムがようやく本気で「持続可能性」を問い始めたことを示している。

 科学立国・日本の研究競争力が世界から相対的に低下し続ける中、この「日本版エンダウメント元年」が、単なる制度的実験で終わるのか、それとも次世代のノーベル賞受賞者や世界を変えるディープテックを生み出す土台になるのか。その行方は、大学関係者だけでなく、ビジネスセクター全体が注視すべき問いである。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=川﨑一幸/金融アナリスト)

公開:2026.05.12 05:55