中国の9月の卸売物価指数(PPI)は前年比10.7%上昇した。統計を開始した1996年10月以降で最大の伸びを記録した。9月の9.5%増から加速している。国内の電力不足が素材価格の高騰に拍車をかけたかたちだ。卸売物価指数を業種別で見てみると、電力需給が逼迫する要因となった石炭価格が75%上昇したことが際立っている。
中国は数カ月前に二酸化炭素排出量の削減目標を達成するため、「脱炭素」の動きを強化した。発電量の7割を占めていた石炭火力発電のシェアを56%に抑え込んだ。だが、このことで国内に深刻な電力不足が生じてしまった。石炭火力の再稼働を急加速させる事態に追い込まれ、今では各地の火力発電所で石炭の備蓄が底をつきかけている。
世界中から石炭をかき集めた結果、9月の中国の石炭輸入は前年比76%増の3288万トンで今年最高となった(8月は2805万トン)。発電所が燃料を調達したほか、冬季に備えた在庫需要も増加した。
主要な石炭供給国だった豪州からの輸入禁止がここにきて「頭痛の種」となっている。昨年4月、モリソン豪首相が新型コロナウイルスの起源に関する調査を中国に対して要求したことを契機に、両国関係は急速に悪化した。1年前から豪州産石炭は非公式に輸入停止となっていたが、背に腹は代えられない。先月末から税関を通過せずに保税庫で何カ月も保管されていた豪州産石炭の放出が始まった(10月5日付ロイター)。
だが保税庫の石炭は100万トンにすぎない。中国の石炭輸入のわずか1日分だ。中国政府は豪州産石炭の輸入再開には踏み切っていない。中国政府はロシア、インドネシア、カザフスタンなどからの石炭輸入を拡大しようとしているが、「豪州産石炭の輸入を再開しない限り、供給不足はしばらく続くだろう」との見方が強い。
中国政府は、輸入拡大と並行して5年近くにわたって抑制してきた国内の石炭生産の拡大を決定した。北部の山西省と内モンゴル自治区政府は管内200カ所の炭鉱に増産を指示したが、その矢先に山西省を未曾有の豪雨が襲った。山西省の降雨量は127ミリに達し、10月の平均降水量の13倍だった。中心都市の太原市などの降雨量は平年の20倍超に達しており、いずれも観測史上最大だった。
このせいで生産拡大の緒に就いていた山西省内の炭鉱682カ所のうち60カ所が浸水し、閉鎖を余儀なくされた。山西省の昨年の年間石炭生産量は10億6300万トン、中国の石炭供給の3分の1を占めている。合計480万トンの年間生産能力を有する4つの鉱山がなお閉鎖されたままだ。
豪雨災害
中国は昨年から豪雨災害に苦しんでいる。長江流域では昨年6月から断続的に大雨が降ったことで三峡ダムは建設以来の最高水位を記録し、国内外のメデイアは連日のように「ダムの崩壊が近づいている」と報じていたのは記憶に新しい。
中国では今年も各地で記録的な豪雨による水害が発生することが懸念されていた。中部地域の河南省では7月に「1000年に一度」の豪雨がすでに発生している。中国政府は「山西省は今年中国北部で発生した3回目以降の豪雨災害だ」としている。
筆者は気象学の専門家ではないが、気になることがある。中国新疆ウイグル自治区南部のタリム盆地に位置するタクラマカン砂漠で近年、洪水が多発していることだ。その原因は明らかになっていないが、中国政府は「西部大開発」のために長年、砂漠地帯に人工的な雨を降らすプロジェクトを強力に実施してきた。このことが関係している可能性がある。
中国政府は昨年12月、「2025年までに気象改変プログラムの対象地域をこれまでの5倍の550万平方キロメートル超に拡大する」方針を明らかにした。550万平方キロメートルという規模は中国の国土面積の5割以上であり、日本の国土面積の10倍以上に相当する。中国政府は「2006年から2016年までの10年間の降水量が550億立方メートルも増加した」とその実績を誇っている。
中国では豪雨とともに干ばつという異常気象も発生している。水力発電はここ数カ月、十分な供給を行うことができないことも国内の電力不足を深刻化させている。行き過ぎた気候改変の「報い」が下ったのだとすれば自業自得だ。
石炭市場の需給逼迫に拍車
石炭の話に戻すと、中国の一般炭の先物価格(来年1月分)は連日のように最高値を更新している。年初から約120%上昇した。中国政府は12日、電力の供給量を拡大するため石炭火力発電の電力価格を完全に自由化すると発表した。産業用電力需要者の過半はこれまで安価な価格で契約を結ぶことができたが、今後は市場からの電力購入が求められる。電力値上げを容認するという今回の措置が発表されると「電力会社の石炭需要が高まる」との思惑から、石炭市場の需給逼迫に拍車がかかってしまった。
PPIの急上昇とは対照的に9月の消費者物価指数(CPI)は前年比0.7%と4カ月連続で鈍化した。原材料高の小売価格への波及が小さいのは、政府による価格統制が主な理由だ。原材料高の高騰が目指し始めた6月から価格上昇についての監視を強化している。これに対して企業側は、国内での収益悪化を補うかのように家電など海外向け製品価格の引き上げを進めている。中国の9月の輸出額は前年比28.1%増の3057億ドルと月間の輸出額記録を塗り替えたが、数量はほとんど伸びていない。中国企業が国内のインフレ分を海外製品に全面的に転嫁するのは時間の問題だろう。
世界各地でサプライチェーンが混乱していることも気になるところだ。世界は「中国のインフレ輸出」を警戒すべき時期に来ているのではないだろうか。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)