中国、エンタメ界・芸能人への取り締まり強化、アイドル育成番組を禁止…“旧ソ連”化する中国
中国当局がエンターテインメント業界に対して、「低俗で下品な」娯楽作品を排除するとして、アイドル育成番組などの放送を禁じる通知を出したり、「道徳の欠落」した芸能人を取り締まる一方、共産党や国を愛する人物を重視するよう指示するなど、業界への規制や思想統制を強めている。
習近平国家主席が「若者が強靭かつ男らしい栄光を失えば、中国も旧ソ連のように凋落してしまいかねない」と強く懸念しているためだという。
芸能人の「政治的素養」をチェック
中国でメディアを管理する国家ラジオテレビ総局は9月2日、中国国内での芸能活動について8項目の規制内容を発表。アイドル育成番組やタレントの子どもが出演するドキュメント番組やリアリティ番組、女性的な男性タレントの起用などを禁止し、番組出演者を選ぶ際は「政治的な品質、道徳的な性格、芸術的な水準、社会的評価を選定基準」にして、「政治的素養」をチェックし、中国共産党や国家から「心が離れている」人物は起用しないよう指示している。
規制では、出演者のパフォーマンスやスタイル、衣装、メイクを厳しく管理するとしており、「おねえタレント」やゴシップまみれの「低俗なネット有名人」も出演禁止となる。とくに、「法を犯すなどの非倫理的な人物」は論外で、社会活動やネット上での情報公開も規制する方針だ。中国では最近、男性アイドルが複数の女性と交際していることが発覚しグループが活動休止となったり、30人以上の女性への暴行事件で逮捕されるなどの事件が大きく報道されている。
このあおりを受けて、有名タレントの脱税の摘発も強化され、自主廃業に追い込まれている芸能プロダクションが増えており、8月末現在で700社以上に及んでいることが明らかになっている。
これについて、北京の報道関係者は「中国当局は社会的影響を懸念し始めている」と指摘している。中国では有名大学に入るために、小さい頃から寝る時間を削って勉強し、大学を優秀な成績で卒業して、党官僚になったり大企業に入るエリートもいる半面、その途中で挫折する若者も多いだろうことは想像にかたくない。
現在は大学を卒業しても競争に敗れて失業する若者も多いのが現実だ。そのような若者が芸能界に憧れるなどして、退廃的な雰囲気が強まるのを警戒しているといえそうだ。
「奮闘」を連発する習近平
中国では挫折を経験して社会的な競争を避け、自分の趣味以外は関心を示さない「横たわり族」と呼ばれる20代から30代の若者が増え、社会問題化しつつある。「朝9時から夜9時まで週6日働く」ことを意味する「996」と呼ばれる過酷な労働慣行が広がり、若者の間に徒労感がまん延している。
日本でも高度成長期に「猛烈社員」や「24時間戦えますか」というフレーズがはやったこともあった。その後生まれた若者が「三無主義」世代とか「しらけ世代」と呼ばれることもあった。今の中国はかつての日本をみるようだ。
習近平国家主席は7月1日に行われた党創立100周年記念式典での1時間の演説で、「奮闘」という言葉を18回も連呼した。国営新華社通信のウェブサイトは「新時代は奮闘の時代」と記し、「心に響く金言」として習主席の奮闘語録を紹介するほど、習氏は「奮闘」という言葉がお気に入りのようだ。
しかし、この「奮闘」という言葉ほど、横たわり族に似つかわしくないものはないだろう。習氏はこの演説で「中華民族の偉大な復興という中国の夢は必ず実現できる」と自信に溢れていたが、次代を担う若者のなかで、習主席のいうような「夢」をみている人は、どれくらいいるだろうか。多数派ではないことは確かで、現在のアイドルが出演する番組を見て育った若者が多いのではないか。
中国のエンターテインメント業界では一握りのタレントのギャラはうなぎ上りで、若者たちが華やかで高額な収入を得る可能性がある芸能界に憧れるのは自然の流れだ。しかし、「文革世代」で、水道も電気も通っていないような農村部で堆肥の桶の棒を肩にかけて長い距離を運ぶなどという苦行を10代で経験した習氏からみれば、今の若者は「奮闘」することを嫌がり、「中国の偉大な復興」という「中国の夢」をつぶしかねない軟弱そのものの「反革命分子」と映っているのかもしれない。
(取材・文=相馬勝/ジャーナリスト)