ゴーン氏は国家の介入を嫌う
基本的に、ゴーン氏は最終的に国家の介入を取り払いたい、ネオグローバル(脱国家)経営者だと考えられる。実際、ゴーン氏の逮捕後にフランスの経済紙レゼコーは、フランス政府の「ゴーン氏は自らに権力を集中しすぎ、後継者を準備していない」という批判に対して、ゴーン氏は「国は単なる株主なのに経営に口出ししようとしている」と反論していたと伝えたが、ゴーン氏はフランス政府寄りではなかった。
この観点からみると、ゴーン氏はCEO職の任期を2022年まで延ばすことで、ルノー・日産連合を国家の介入を排除したグローバル企業にしようとして、マクロン仏大統領との妥協に至ったのではないか。アライアンスを不可逆なものにすることまでは、ゴーン氏とマクロン大統領の利害は一致しているが、その目的が違う。かつて優秀なインベストメントバンカーだったマクロン大統領が、その目的の違いを感じないはずはない。
そもそもゴーン氏は、簡単に寝返るような人物ではないだろう。ゴーン氏は2018年にCEOを辞めたのでは目的は達成できないので、再任という選択肢をとって2022年までの4年間で、国家の介入から抜け出す統合を目論んでいた可能性がある。日産をフランス政府に売ろうとしていたわけではないのではないか。
実は、フランスで高等教育を受けたゴーン氏はフランス国籍を有する(ルノーの上席副社長就任時に取得)が、ブラジルで生まれ幼少期をレバノンで過ごし、両国籍も持ち、「根はブラジル、頭はフランス、心はレバノン」ともいわれており、心情的な順序としてはフランスは高くないようで、日本で思われているほどには「フランスのために」という思いは強くはないようだ。
フランス政府と同床異夢のなかでルノーと日産の統合を進めるうちに、ゴーン氏は自主独立という名の愛社精神の強い日産の日本人幹部、具体的には西川廣人社長と外部の勢力に刺されたわけである。想定外だったかもしれないが、ゴーン氏の逮捕はフランス政府にとっては、いずれは来るであろうゴーン氏の切り捨てとルノー・日産連合への介入の正当化をもたらしたようなものだった。この意味で、フランス政府はゴーン氏逮捕の事前通報に対して強い難色は示さず、「これ幸い」と思ったかもしれない。
実際にフランス政府は、日産の株主総会を待たずに政府関係者を来日させ、日本政府関係者とも会い、ゴーン氏の長期拘留が避けられないことを理由に、フランス政府に近いとされるスナールミシュラ氏を会長に送り込み、ルノーの株主として日産への交渉圧力を強める動きに舵を切った。同氏はゴーン氏とは異なるソフトなタイプといわれるが、辣腕エリート経営者である。
次回は、今回のゴーン氏の逮捕劇の落としどころを考察してみたい。
(文=小笠原泰/明治大学国際日本学部教授)