地球温暖化対策を議論する国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)は11月13日、成果文書「グラスゴー気候合意」を採択して閉幕した。「日本が国内の石炭火力を廃止する方針を打ち出すことを望む」。議長国は英国。英国のジョンソン首相は10月13日、岸田文雄首相との電話協議でこう求めた。
石炭火力は発電時の二酸化炭素(CO2)の排出量が多い。温暖化対策の国際枠組みである「パリ協定」は、地球の気温上昇を産業革命前から1.5度以内に抑える目標を掲げた。国連は目標達成には50年ごろのカーボンゼロ(実質的に炭素排出ゼロ)が必要で、実現には石炭火力の早期廃止が不可欠とみている。
英国は今年、従来目標を1年前倒しして2024年に石炭火力発電所を全廃すると表明した。西欧諸国やカナダなどすでに全廃を決めた国は多い。ドイツでは9月末の総選挙で第1党となった中道左派・社会民主党(SPD)が第3党、第4党との連立交渉で、「30年までに脱石炭を目指す」ことで合意した。従来目標を8年前倒しするものだ。米国も35年までの電力部門の脱炭素を掲げている。
一方、日本は新エネルギー基本計画のなかで示した電源構成で、30年度の発電の19%を引き続き石炭火力で賄うことにしている。英国のジョンソン首相は8月、「先進国は30年、途上国は40年までに石炭への依存を断つよう求める」と表明した。COP26で、日本はジョンソン首相が求める「30年までの全廃」を約束することが難しいとし、欧米諸国から集中砲火を浴びる結果となった。
議長国の英国はCOP26で連日、有志の国・企業などとの合意を発表し、成果をアピールした。石炭火力の廃止では46カ国、化石燃料の海外での公的融資停止では20カ国超が合意した。日本は蚊帳の外だ。議長国・英国はCOP26の成果を強調したが、二酸化炭素の排出量が多い石炭火力発電をめぐる締約国間の溝は最後まで埋まらなかった。
というのも、土壇場で中国とインドが「(石炭火力を)段階的に廃止する」と書かれた合意文書の修正を要求し、「廃止」が「削減」に弱められたのだ。中国、インドのCO2排出量は世界1位と3位だ。両国ともエネルギー需要は伸びており、石炭火力は重要な電源だ。
それでも、世界的な「脱炭素」の流れは成果文書に反映されており、「今世紀末までの気温の上昇幅(産業革命前比)を1.5度以下に抑える努力を追求していく」という文言が盛り込まれた。「努力目標」だった1.5度が、事実上の目標に格上げされたとEUや米国は前向きに受け止めている。懸念があるとすれば、合意文書に「異なる国内事情を考慮する」と付言されたことだろう。土壇場になって「段階的な廃止は飲めない」と言い出した中国やインドが「国内事情」ばかり主張して、削減に応じなければ収拾がつかなくなる。
環境団体が「日本はいまだ石炭にしがみついている」と抗議
世界の環境団体でつくる「気候行動ネットワーク」は11月2日、地球温暖化対策に後ろ向きな国に贈る「化石賞」に日本を選んだと発表した。岸田首相がCOP26首脳級会合で、二酸化炭素(CO2)の排出が多い石炭火力の廃止の道筋を示さなかったことを理由に挙げた。
同団体は「脱石炭が今回のCOPで優先順位なのに、日本は30年以降も続けようとしている」と強く批判した。化石賞は各国の発言内容などに基づいて決定。日本は前回のCOP25でも石炭火力を理由に2度受賞している。
日本政府に対し、「石炭火力の海外輸出を止め、国内の石炭火力発電所も30年までに段階的に廃止するよう」求める、NGOの連合体「No Coal Japan」のメンバーがピカチュウの姿をして、COP26の会場近くで抗議行動を行った。日本政府は先進国7カ国首脳会議で新規の海外火力への直接支援を21年末までに終了することを約束している。だが、バングラデシュのマタバリ石炭火力発電事業とインドネシアのインドラマユ石炭火力発電事業への支援は「新規ではない」として公的支援を取りやめていない。
国際ニュース専門週刊誌『ニューズウィーク日本版』(11月9日付)はこう報じた。
<環境団体、気候ネットワークの国際ディレクター、平田仁子理事はこう指摘する。
「日本はいまだ石炭にしがみついている。日本政府はアンモニアや水素を石炭火力と混焼する技術を支援しているが、これは今ある石炭火力発電所の延命措置に他ならない。岸田文雄首相はCOP26で石炭と化石燃料をやめることにコミットしなければ気候変動対策はリードできないと認識すべきだ」>
日本が石炭火力を完全ゼロにできない事情
日本政府は、将来的にCO2の排出の多い石炭火力の割合を減らしていきたいと考えている。だが、11月9日から始まったCOP26の閣僚級会合では日本政府代表団は沈黙を守るだけで、まったく存在感を示せなかったといわれている。
日本の電源構成のうち、石炭火力発電は全体の3割程度。「エネルギー基本計画」では、30年度の時点で発電量の19%を石炭火力で賄うとしており、「完全にゼロにできない」との認識に立っている。
二酸化炭素を出さない太陽光などの再生可能エルギーを導入したいのはやまやまだが、日本は森林が多く、太陽光パネルを設置できる適地が少ない。燃料となる石炭は長期的にみると価格はほかの燃料より安く、安定的な電源と位置づけられる。
石炭は石油のように中東だけに依存しなくてよく、オーストラリアなど近い国から輸入できる。LNG(液化天然ガス)と違って保管も容易で、「エネルギーの安全保障上、重要だ」と経済産業省・資源エネルギー庁は考えている。
発電コストを考えると石炭は他の電源より安い。製造業が多い日本では工場などの電気代がそのままコストにはね返るから、電力の消費量の多い業界を中心に「石炭火力をやめると電気代が上がることへの懸念」は強い。鉄鋼は国内のCO2排出量の4割を占める。鉄を生産するには高炉の中で鉄鉱石に含まれる酸素を炭素と反応させて取り除く必要があり、その際に石炭が使われる。製鉄の過程で大量の二酸化炭素(CO2)が発生することになる。
水素還元製鉄などの新しい技術を研究・開発しているが、脱炭素が大きな目的であり、鋼材の性能向上には直結しないだけに、高炉大手といえども、新技術の研究・開発に巨額資金を投入できないという悩みを抱えているのだ。COP26で日本は強い批判に晒されたが、石炭火力発電所全廃に踏み込めなかった理由は以上の通りである。
ドイツの総選挙では気候変動対策が最大の争点となったが、日本の衆院選では争点にすらならなかった。政権与党は気候変動対策など都合の悪い長期的な課題を封印し、分配という短期的な損得勘定を争点にして勝利した。
日本政府のCOP26での石炭火力発電所問題のあいまいな“処理”方針と総選挙での気候変動対策の封印は、政治の劣化を象徴している。これは同時に、選挙する側 (議員を選ぶ側)の問題意識の欠如ともいえる。
(文=編集部)