日本企業の「終身雇用」制度が揺らいでいる。日本経済団体連合会の中西宏明会長(日立製作所会長)が「経済界は終身雇用なんてもう守れない」「(終身雇用は)制度疲労を起こしている」、日本自動車工業会の豊田章男会長(トヨタ自動車社長)が「終身雇用を守っていくというのは難しい局面に入ってきたのではないか」と発言し、波紋を呼んだことは記憶に新しい。
東京商工リサーチの調査【※1】によると、2019年に希望・早期退職者を募った上場企業は16社(5月13日時点)に達し、5カ月余りで前年1年間の12社を上回った。また、年齢条件付きの募集では「45歳から」とする企業が最多の10社を数え、今後はさらに引き下げられる可能性が高い。
一方、中小零細企業を中心に増える人手不足関連倒産は18年度に過去最多の400件を記録した。大手が経営効率化による人員削減を進めるなか、中小は人材の確保に苦慮する二極化が顕著になっている。一連の調査を実施した、東京商工リサーチ情報本部経済研究室の関雅史課長に話を聞いた。
富士通、東芝、NEC…
――調査の概要について教えてください。
関雅史氏(以下、関) 雇用環境が上向き失業率が低下するなかで、希望・早期退職者を募る上場企業はすでに前年の12社を上回り、16社に達しています。リーマン・ショック後の09年は191社にのぼりましたが、13年から減少し、18年には調査を開始した00年以降で最小の12社にとどまっていました。
募集・応募人数は、富士通(グループ会社含む)が応募2850人で最多。成長領域のITサービスなどを強化し、間接部門の効率化を目指す「成長に向けたリソースシフト」の一環として実施しました。続いて、収益力強化に向けた構造改革計画の一環で実施した東芝(同)の募集約1060人(応募823人)、物流費などの上昇に人件費圧縮で経営効率化を目指すコカ・コーラボトラーズジャパンホールディングス(同)の募集700人(応募950人)、国内事業の再編を進めるアステラス製薬(同)の応募約700人となります。100人以上は9社(前年6社)を数えています。
募集人数(募集枠がない場合は応募人数)の合計は6697人に達し、現時点で3年ぶりに5000人を上回っています。13年(1万782人)以来の1万人超えになる可能性も出てきました。ただ、本調査は公表ベースなので、氷山の一角にすぎません。
――業種別の特徴などはあるのでしょうか。
関 医薬品と電気機器が各4社でもっとも多く、特に医薬品では過去最高の売上収益・営業利益を達成した中外製薬など、業績が好調な企業でも希望退職者募集や配置転換など人員構成の見直しに着手しています。背景には、薬価引き下げや新薬の開発費用上昇といった要素があるでしょう。また、昨年の事例では日本電気(グループ会社含む)が応募2170人を実施しており、やはり電気機器も大手を中心に大規模募集が目立ちます。
これまでは経営不振を原因とする「リストラ」型が中心でしたが、最近は業績好調な企業が成長分野への事業展開を図るため、余裕のあるうちに人員適正化を進める「先行実施」型が増えています。この流れは、今後も続くでしょう。
また、年齢条件付き募集では募集適用の開始年齢を45歳からとする企業が10社で最多でした。今後は、さらに対象年齢が引き下げられる可能性があります。
――大手が希望・早期退職者を募集する一方で、中小は人手不足に苦しんでいますね。
関 18年度の「人手不足」関連倒産は400件(前年度比28.6%増)に達し、過去最多を更新しました。内訳は、代表者や幹部役員の死亡、病気入院、引退などによる「後継者難型」が269件(同7.6%増)と最多です。次いで、人手確保が困難で事業継続に支障が生じた「求人難」型が76件(同162%増)、賃金などの人件費のコストアップから収益が悪化した「人件費高騰」型が30件(同114.2%増)、中核社員の独立、転職などで事業継続に支障が生じた「従業員退職」型が25件(同38.8%増)でした。
つまり、大手が経営の効率性を求めて希望・早期退職者を募集する一方で、中小企業は人手不足から倒産するという現象が起きていることになります。
今後は「45歳」でキャリアを見直す時代に?
――経団連会長もトヨタ社長も「終身雇用を続けるのは難しい」と発言し、波紋を呼びました。
関 一連の発言を聞いて驚き、不安を感じました。ただ、確かに業界によっては「余力のあるうちに成長分野へ人員と予算を集中的に投資しよう」という動きが見て取れます。
日立は「2021中期経営計画」で、社会イノベーション事業をグローバルで加速し、デジタル技術を活用した社会インフラの実現を目指すとし、またトヨタであれば、電気自動車や自動運転などの事業への投資を強化しています。つまり、国内での競争からグローバルな競争に向けて、成長分野に注力し、即戦力を求めています。社員教育に時間をかけていられないということでしょう。
また、これまでの希望退職募集では配置転換や子会社への出向など“前段階”がありましたが、最近はいきなり希望・早期退職者を募集するというドラスティックなケースが増えています。いずれにせよ、「終身雇用を続けるのは難しい」という企業側からのメッセージは、国境や業種を越えた競争が厳しさを増していることの危機感の現れといえます。
――年齢条件付き募集では「45歳から」とする企業が最多ということですが、これからは「45歳」がキーワードになっていきそうですね。
関 00年頃は希望・早期退職者の対象は50代が多かったですが、08年のリーマン・ショック後は20代も含め全社員が対象になりました。ただ、本来は辞めて欲しくない社員まで応募するケースも出てきたため、その後は「ただし、会社が認めた者のみ」という付帯条件を設ける企業も見られました。
これからは、45歳がひとつの区切りになるかもしれません。キャリアによっては、転職や起業などで新たなステージに進むこともできる年齢です。50代になると転職や起業の意欲が消極的になりがちで、「最後まで会社に残ろう」という人が多くなるのではないかと見ています。
――『LIFE SHIFT』(東洋経済新報社)がベストセラーになっていますが、これからは「45歳になったらキャリアは自分で考えろ」という時代になるのでしょうか。
関 グローバル競争が激しくなるのに伴い、終身雇用が厳しい状況に置かれるのは間違いないでしょう。もともと大企業の終身雇用は形骸化が進み、研鑽を積んでスキルアップすることの重要性は言われていましたが、今回の一連の企業トップの発言により、終身雇用の見直しが進むでしょう。一方で、人手不足にあえぐ中小企業は人材の囲い込みを強化する必要があるため、大企業と中小企業では雇用の取り組み方に温度差があります。
ただし、上場企業の人員削減が注目されるなか、中小企業では大企業からの転職者を積極的に迎える環境づくりが、今後の経営のキーポイントになるとも考えます。
(構成=長井雄一朗/ライター)
【※1】
本調査は、2019年に希望・早期退職者募集の実施を情報開示、具体的な内容を確認できた上場企業を抽出した。希望・早期退職者の募集予定を発表したが、まだ実施に至っていない企業、および上場企業の子会社(未上場)は対象から除いた。資料は原則として『会社情報に関する適時開示資料』(2019年5月13日公表分まで)に基づく。