半導体製造装置世界大手の東京エレクトロンの業績が好調だ。2019年に公表した中期経営計画を同社は前倒しで達成した。世界全体で物価が急騰しコストプッシュの圧力が高まる中にあっても、業績は拡大している。
ポイントは、東京エレクトロンが研究開発体制を強化し続けたことだ。同社は超精緻な半導体製造装置を生み出す力に磨きをかけ、世界の半導体メーカーの要望に確実に応えた。それが顧客企業との長期の信頼関係を強化し、いち早く先端分野の需要変化に対応する事業運営体制を支えている。
今後、世界経済の不確定要素は増える。特に、ウクライナ危機の発生などによって世界がグローバル化から脱グローバル化に転じ始めたインパクトは非常に大きい。当面、物価は高騰し、サプライチェーンの混乱も続くだろう。そうした中にあっても、世界の大手半導体メーカーは次世代の半導体生産ラインの確立に集中している。需要をより効率的に取り込むために、東京エレクトロンがより積極的に研究開発体制を強化しようとしていることは注目に値する。
前倒しで中期経営計画を実現した東京エレクトロン
近年、東京エレクトロンの経営陣は世界経済の最先端分野での需要をいち早く手にいれるために研究開発投資を増やし、事業運営体制を強化した。その成果が中期経営計画の前倒し達成に結実した。2019年5月に東京エレクトロンは2024年までを対象期間とする中期経営計画を発表した。売上高2兆円、営業利益率と自己資本利益率(ROE)を30%超にする目標を掲げた。
当時、半導体業界をはじめ世界経済の不安定感が急速に高まっていた。特に、米中対立先鋭化のインパクトは甚大だった。トランプ政権(当時)は中国に対する制裁関税を発動した。それに加えて5G通信基地局で世界トップシェアを誇る通信機器メーカーである華為技術(ファーウェイ)に米国の知的財産を用いて製造された半導体やソフトウェアが供給されるのを遮断した。さらに、リーマンショック後のデータセンターの建設や世界的なスマートフォンの普及加速が一服した。世界の半導体業界への逆風は強まった。
不確定要素が増える状況下、東京エレクトロンは過去3年間で4,000億円超の研究開発投資を実行した。世界トップシェアを誇るコータ/デベロッパ(シリコンなどのウエハーの表面にレジスト(感光剤)を塗布し、ウエハーを回転させて均一なレジストの膜を形成する装置)など、より精緻な半導体製造を可能にする製造装置の創出力に磨きをかけた。それによって東京エレクトロンは半導体の回路線幅を小さくしてより高性能のチップ生産を目指す台湾積体電路製造(TSMC)や韓国のサムスン電子などの世界の巨大半導体メーカーの需要を取り込んだ。
高付加価値の半導体製造技術の実現によって、東京エレクトロンは産業分野での需要を自ら創出している。類似の性能を持つ競合機種が少ないため、価格交渉力は強い。その裏返しとして半導体市況の不安定化にもかかわらず同社の業績は拡大した。2022年3月期の売上高は2兆38億円、営業利益率は29.9%、ROEは37.2%と2年前倒しで経営計画が達成された。
加速度的なビジネスチャンス増加
今後、東京エレクトロンのビジネスチャンスはさらに増えるだろう。現在の世界経済は一段と急激に環境が変化している。まず、世界のIT業界ではより高性能なチップ需要が高まっている。世界全体でビッグデータを収集し、分析することによって人々の好みや行動様式をより深く理解して需要を創出しようとする企業が増えている。それに加えて、世界のネット業界はGAFAなど一部の企業がサービスを提供してビッグデータを手に入れてきた「ウェブ2.0」からブロックチェーンなどの新しいネットワークテクノロジーを用いて個人がより積極的にネット世界で活動する「ウェブ3.0」の時代に移行し始めた。その一例に、米国のプロバスケットボール(NBA)などでNFT(非代替性トークン、偽造不可能な鑑定・所有権の証明が付与されたデータ)の取引が急増し、価値も急騰した。
世界のデジタル・トランスフォーメーション=DXにより半導体需要は急拡大している。年内に台湾積体電路製造(TSMC)は現在最先端の回路線幅5ナノメートル(ナノは10億分の1)の2世代先の2ナノレベルの半導体製造施設の建設に着手し、2022年の設備投資予定額は5兆円に達する。TSMCを追いかける韓国サムスン電子も負けてはいられない。6月に入り、同社トップのイ・ジェヨン副会長が欧州を訪問した。その目的の一つは、最先端の半導体製造に欠かせない極端紫外線(EUV)露光装置を世界で唯一生産できるオランダのASMLを訪問し取引関係を強化することだ。
また、米国のインテルは最先端の半導体製造分野でTSMCと連携しつつ、車載用の半導体需要の獲得に力を入れ始めた。自動車分野では電動化によって車載用の半導体需要が急速に増える。電気自動車(EV)の素材や部品などを生産するための装置向けの半導体需要も増える。
ウクライナ危機の発生や中国のゼロコロナ政策によって世界全体でモノやサービスの価格が急騰している。それによって世界経済全体で成長率が大きく低下し、金融政策も大きく転換する。世界の実体経済と金融市場は大きく不安定化するだろう。そうした懸念が高まるなかでも、デジタル化や自動車の電動化などの分野で実力のある企業は設備投資を積み増している。それは、東京エレクトロンがさらなる成長を実現する大きなチャンスだ。
経営陣に求められる研究開発体制の徹底した強化
ビジネスチャンスを確実に取り込んで高い成長を実現するために、東京エレクトロン経営陣はこれまで以上のスピード感と情熱を持って事業運営体制を強化しなければならない。そのなかでも急速に重要性が高まるのが、研究開発体制の強化だ。研究開発体制の強化は、新しい半導体製造技術の実現を支える要に位置付けられる。世界全体でデータ通信量は増える。通信速度の向上も欠かせない。
そうしたニーズに応えるために新しい半導体需要が増える。環境の変化に対応しつつ成長を実現するために東京エレクトロンにはTSMCなどの先を行くくらいの覚悟で研究開発体制を強化することが求められるだろう。汎用型の半導体に関しても、ファクトリー・オートメーション(FA)向けの機器や医療分野などより多くの分野で需要が増える。
2023年度からの5年間で東京エレクトロンは1兆円以上の研究開発投資を計画している。ウクライナ危機や中国のゼロコロナ政策などにより、世界的に物価は急騰している。各国企業はより強いコストプッシュ圧力に直面するだろう。その状況下にあっても、研究開発投資を積み増すことが成長の実現に不可欠だという経営陣の決意は強固だ。
日本の多くの企業はその姿勢に学ぶべきだ。ポイントは、新しい製造技術の実現によって東京エレクトロンが世界の主要先端企業からより必要とされ、長期の目線で取引を強化する関係を築き上げたことだ。需要を生み出すことができれば、世界から必要とされ、企業は長期の成長を実現することができる。需要の創出力を磨き上げるために、研究開発体制の強化は避けて通れない。それが、より効率的な事業運営体制の確立に決定的インパクトを与える。
これまでの業績拡大を踏まえると、東京エレクトロンにはより迅速かつ大規模に研究開発投資を実行する力があるはずだ。同社がより積極的に研究開発体制を強化し、2027年までの中期経営計画を前倒しで実現する展開を期待したい。そうした取り組みは同社が世界経済の最先端分野の環境変化に対応し、高い成長を実現するために欠かせない。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)