熱狂的な看板・信号機マニアである「くきわかめ」さん(@kukiwakame3385)が、Twitterで7月15日に呟いた投稿が1.5万“いいね”を集め、大きな話題を呼んでいる。
その内容は、DMでテレビ局の番組スタッフから、「くきわかめ」さんが持つ「電球式信号機」を貸してほしいという依頼がきた際の顛末を綴ったもの。番組内容や用途を確認したところ、とある商品の開発者が信号機に石を投げてもヒビが入らなかったという再現ドラマの撮影をするため、「くきわかめ」さんの信号機に石を投げさせてほしい、という衝撃的な依頼だったというのだ。
他人の所有物を借りて石を投げるという無礼な依頼内容にSNSは紛糾。「テレビ局の倫理観はどうなっているんだ?」と怒りの声が多数寄せられたのである。
このようなテレビ番組から一般人への理不尽な対応はたびたび話題になっている。例えば今年4月、人気のフルーツサンド店が情報バラエティ番組『ヒルナンデス!』(日本テレビ系)から取材依頼を受け、フルーツサンドを1000個製造して待っていたものの、ドタキャンされてしまったという事件は記憶に新しい。
また2014年にはある弁護士が、情報バラエティ番組『アッコにおまかせ!』(TBS系)の番組スタッフから、横着・横暴な態度で何度もコメントを求められ、それらがすべて無報酬で、しかも番組で放送されなかったとTwitterでブチギレていたこともあった。
そこで今回は現役のテレビプロデューサーで、江戸川大学で非常勤講師も勤める鎮目博道氏に、どうしてこのような横暴な取材依頼が起きてしまうのかについて、テレビ業界の実態を紐解きながら解説してもらった。
下請けの制作会社がつくっていることが多い
鎮目氏いわく「『くきわかめ』さんのツイートにあった無礼なDMを送ったのはテレビ局員ではなく、下請けの番組制作会社の新人ADの可能性が高い」とのことだが、テレビ番組の制作工程はどのようになっているのだろうか。
「制作スタイルはいくつかありますが、もっとも多いのは、ひとつの番組をつくるのにいくつかの制作会社が入っているパターンです。1週目はA社、2週目はB社、3週目はC社のように、放送週ごとに制作会社が違う場合もよくありますし、番組のコーナーごとに制作会社が異なる場合もあります」(鎮目氏)
なぜこうした体制が多いのだろうか。
「近年は景気が悪化して制作予算が下がり、時間と人件費をかけて番組がつくれないからです。短期間に低予算でつくるにはマンパワーが必要ですが、テレビ局側からすればひとつの制作会社にドンとお金を出して、時間をかけて番組丸ごとつくってもらうより、複数の制作会社に発注したほうがお金も時間も節約できますからね」(同)
制作予算の削減の影響は他にもあるという。
「ツイートにあったような、一般人のアイディアや持ち物を借りる番組が増えてきているのですが、これも予算削減の弊害でしょう。限られた予算内で、制作会社がなんとか知恵を絞って番組をつくるとなると、高額なギャラが発生するタレントをなるべく使わず、面白い物品やネタを持っている一般人から“ネタを借りる”という方向の番組が多くなるのです。
YouTubeなどのネットに若者層を中心とした視聴者の多くを奪われたテレビ業界が、ネットの流行を扱って客層を呼び戻そうとして、SNSで面白いネタや趣味を持った人に協力を仰ぐという意図もあるでしょう。ただ、やはり予算削減の影響のほうが大きい印象ですね」(同)
予算削減のシワ寄せによる新人ADのミスの可能性が高い
では、失礼な依頼がテレビ業界で横行してしまっている理由はなんなのか。
「制作費が削減されているということは、実際に番組をつくっていく制作会社がひとつの番組に多くの人員を割けないという事態につながります。まず、今回のツイートで指摘されていたような一般人への依頼などは新人ADが担当することが多いです。しかし、かかわるスタッフ自体が少ないため、こまごまとした仕事がどんどん押し付けられていき、ADがキャパオーバーになってしまい、ひとつひとつの仕事が雑になってしまったという可能性はあるでしょう。
また、本来なら先輩スタッフが失礼のないような依頼方法といったマナーを指導すべきところですが、先輩は先輩で多忙を極めており、きちんとした教育やサポートができていなかったことも考えられます。そうしてまともな教育を受けておらず、社会人経験も少ない新人ADが依頼メールを送ったため、常識的に考えれば相手方に対して非常に失礼な内容になってしまったのではないでしょうか」(同)
では今回のトラブルの責任の所在はテレビ局ではなく、番組制作会社にあるということなのだろうか。
「いえ、もちろん実際にミスをしてしまったのは制作会社の可能性が高いですが、トラブルの根本をたどれば、番組制作にかける予算と時間を大幅に削ったことが最大の問題なわけです。ですからテレビ局のプロデューサーのようなトップにいる人間の責任が大きいと思います。
予算が減っていたとしても、減ったなりのやり方があるわけです。例えばテレビ局のプロデューサーのなかには、制作会社の現場の苦労も知らずに、あがってきた企画や映像を“つまらないからやり直して”と平気で言ったりする人も存在するのが実情です。制作会社側はどんなに時間と人員を割いてコストをかけていても、テレビ局からそう言われたらやり直さざるを得ません。
ですが、テレビ局のプロデューサーと制作会社とで最初から密に連携を取って認識共有する努力をし、事前にGOサインを出せるレベルを擦り合わせておけば、制作会社の切迫した状況はある程度軽減できるはず。下(制作会社)にやらせてあがってきたものだけで判断するといった、理不尽な体質が横行する限り、そのシワ寄せは末端のADや声をかけられる一般人にいってしまうというわけです」(同)
では、今回のようなトラブルを防ぐには何が大切なのか。
「根本的な部分でいえば、やはりテレビ局のプロデューサーが理不尽な態度を改め、制作会社とイーブンな関係でのモノづくりを心がけることでしょう。SNS時代の今、不躾な声かけの事例が増えれば増えるほど、結果的にテレビ局のイメージ低下につながるので、早急に改善したほうが局にとってもメリットがあるはず。今の時代、誠実なチームワークに基づいたモノづくりのスタンスを示したほうが興味を持たれるはずなのに、番組制作のトップの人間にまだまだ昭和的な思考が強く残っているということが、問題の根幹にあるのでしょう」(同)
テレビ局による横暴な依頼は、おそらく昭和や平成の時代から一定数はあったのだろう。だが、SNSの普及で一般人の声が広がりやすくなったことで顕在化しやすくなり、同時に制作費が削減されていくことで制作会社の環境が悪化し、近年になってこういったトラブルを目にする頻度が増えたのかもしれない。
(文=A4studio)