最近、スズキの業績は拡大基調で推移している。背景の一つとして、インドの自動車需要の増加は大きい。経済成長によって人々の所得は増え、自動車販売は増加している。その結果、2022年、インドは日本を上回り、世界3位の新車販売市場に躍り出た。ネットとの接続、自動運転、シェアリング、電動化(CASE)、タイト気味に推移する車載用半導体の需給などスズキを取り巻く不確定要素は多い。そうしたなかにあってもインドの経済成長などを背景に、スズキは着実に収益力を向上させている。
今後も、インドの自動車需要は拡大基調で推移するだろう。一方、日本の自動車市場は縮小均衡傾向が続く。インド市場を中心に、スズキはさらなる競争力向上を目指すべき局面を迎えた。インド市場を中心に、同社がどのようにしてEVを含めた自動車生産のコストを引き下げて効率的に世界の需要を取り込むか、より多くの注目が集まるだろう。
急速なインドの自動車需要拡大
スズキの業績拡大の背景にはいくつかの要因がある。最も重要なのは、スズキがトップシェアを誇るインド新車販売市場の成長だ。インド経済の成長率は上昇傾向にある。2022年7~9月期、インドの実質国内総生産(GDP)は前年同期比6.3%増加した。2022年、GDPの規模でインドは英国を上回り世界5位に浮上するとみられる。高い経済成長に伴い自動車需要は右肩上がりで増加している。2022年の販売台数は425万台程度に達し、日本を上回って世界3位に浮上したとみられる。なお、2021年の世界の新車販売台数のトップは中国の2,627万台、2位は米国の1,540万台だった。
インドの経済成長を支える要因の一つとして、人口の増加は大きい。国連の「世界人口見通し」によると2050年までの間にインドの人口は中国を上回り世界トップの人口大国になると予想されている。それによってインドの自動車需要は増える。また、インドの労働コストは中国よりも低い。IMFの推計によると2022年の一人当たり実質GDPは中国が18,093.73ドル、インドは7,047.85ドルだ。台湾問題の緊迫感の高まりや共産党政権による経済政策運営の先行き不透明感の高まりなどを背景に、近年、中国からインドなどに生産拠点などを移す多国籍企業は増えた。そうした要素を背景にインド経済は成長し、自動車需要は右肩上がりで推移している。
1982年の進出以降、成長期待高まるインド市場においてスズキは欧米などのメーカーよりも価格帯が低く、なおかつ耐久性などの面でも信頼性の高い自動車を供給する体制を強化してきた。スズキにとって、インドにおける低価格帯の自動車生産は、南アフリカなど他の新興国の需要を取り込むうえでも重要な役割を果たしている。アフリカ市場への進出に関してはトヨタ自動車との提携も重要な役割を発揮している。それに加えて、外国為替市場でインドルピー、米ドル、ユーロなどに対して円安が進行したこともスズキの業績拡大を支えた。その結果、2023年3月期の第2四半期、スズキは増収増益を達成し、通期の連結業績予想も上方修正した。
インド市場で予想される競争の激化
ただ、先行きは楽観できない。インド市場におけるスズキのシェアは徐々に低下している。さらに、過去の発想が当てはまらない市場環境の変化も一段と鮮明化するだろう。2015年6月末にスズキが公表した中期経営計画では、インド市場での乗用車シェア45%以上を目標とすることが掲げられた。しかし、現在のシェアは41.4%に低下している。進出当初、インド市場はスズキにとって競合相手の少ないブルー・オーシャン市場だった。スズキは国営企業などとの連携を強化し、優位にシェアを獲得することができた。
しかし、その後の経済成長に伴って、韓国の現代自動車、タタ・モーターズなどインド国内の自動車メーカーの新規参入は増えた。価格競争は激化した。世界的に需要が拡大したSUV(スポーツ用多目的車)のセグメントにおいても、インドにおけるスズキのシェアは低下した。多くの企業は、インドの自動車市場は中国のように高い成長を遂げると予想している。2000年代の前半以降、中国の新車販売市場は急成長した。2004年に中国の自動車販売台数は500 万台を超え、2010年には政府による販売支援策の効果もあり1,850万台まで市場は急拡大した。それは、中国が世界の工場として高い経済成長を実現した時期と重なる。そうした展開を期待してインドに進出し、事業運営体制をさらに強化する自動車メーカーは増えるだろう。
また、大都市を中心にインドの自動車市場は、日米欧などが経験した成長プロセスとは異なる展開をたどる可能性も高い。特に、世界的にEV=電気自動車の利用が増えていることは大きい。内燃機関を搭載する自動車の生産には、数え方にもよるが3万点もの部品が用いられる。そのためエンジン車生産には高度なすり合わせ技術が必要とされ、日独の自動車メーカーは比較優位性を発揮し、すそ野の広い産業構造が形成された。一方、EVの部品点数は大きく減少し、自動車生産はデジタル家電のようなユニット組み立て型に移行する。ネットとの接続も加わり、自動車開発のスピードはさらに加速する。その結果、インドの自動車産業、それを支える社会インフラの発展は、主要先進国の経験したものと大きく異なる可能性は高い。
注目されるインド市場でのシェア拡大
今後、スズキに期待される取り組みの一つは、インドの自動車需要の拡大にしなやかに対応することだ。それは、世界市場におけるスズキの中長期的な成長にかなりのインパクトを与える。インドでは、新興企業などによるEVの設計、開発、生産体制が強化されている。一例に、タタ・テクノロジーズは中国の新興EVメーカーである蔚来汽車(NIO)とEVの開発などで連携し、新規株式公開(IPO)を準備している。
ただ、そうした変化のスピードは当初の予想よりも、幾分か緩やかになるだろう。米欧ではインフレ鎮静化のために追加利上げが実施される。中国経済は高度成長期の終焉を迎え、債務問題の深刻化懸念も高まっている。それによって、世界的な景気後退の懸念は一段と高まり、株価は下押しされやすい。それは、スズキの競合相手企業の事業運営を鈍化させる要因になりうる。スズキはそうした環境変化をうまく活用しなければならない。CASE関連の新しい技術を持つスタートアップ企業を買収する、あるいは提携を増やす重要性は一段と高まる。経営陣は、よりダイナミックに成長期待の高い分野に経営資源を再配分すべき局面を迎えつつある。
また、新興国ではエンジン車の利用も続くだろう。スズキはより低コストで、安全や環境性能の高い小型自動車の生産能力向上に磨きをかけなければならない。それはインド市場を中心にスズキがシェアを増やし、成長を加速させるために重要な要素だ。また、インド政府はデジタル家電などの生産誘致のために半導体産業などの支援策を強化し始めた。それはスズキにとって車載用のチップやバッテリーをより安価かつ安定的に調達し、生産コストを低減させる手段になりうる。
今後の展開によっては、インドにおいてスズキが国内外の企業と共同で半導体など先端分野の生産体制を整備する展開も排除できない。そうした取り組みはスズキがわが国で販売する電動車などの価格引き下げにも大きく影響するはずだ。そうした展開を早期に実現するために、スズキがどのようにしてインドでより多くの自動車需要を取り込むことができるかは注目される。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)