元日に石川・能登半島を襲った大地震は、200名を超す死者を出し、1000名を超える重軽傷者、非難を余儀なくされた人は1万名を超えている。さらに今なお大きな揺れが続き、被災地の方々に心が休まる時はいつ訪れるのか、まったく先が見えない状況だ。
さまざまな救援チームが被災地に入っているほか、多くのメディアも被害のあった各地から詳細な情報を発信しようと取材を行っている。
そんななか、ボランティアで被災地の支援を行っている方が11日、X(旧ツイッター)にNHKの記者が炊き出しを手伝っている旨を投稿し、大きな話題になっている。
「取材したいなら手伝ってもらうスタイルで毎回やってます。それ言うと苦笑いして去る報道関係がほとんどです。ここ(この人達)は毎回手伝ってくれます」とのコメントと共に、NHKの腕章を付けた記者たちが、炊き出しを手伝っている様子の写真を添付している。
取材したいなら手伝ってもらうスタイルで毎回やってます。それ言うと苦笑いして去る報道関係がほとんどです。ここ(この人達)は毎回手伝ってくれます。 pic.twitter.com/s93fL213sF
— VEGA-T (@VEGA_T) January 11, 2024
すると、15日19時時点でリポストは1万回を超え、5万超の「いいね」が付いたほか、表示回数は850万回を超える反響となっている。多くのメディアは、取材を優先するため、なかなか手伝いをしている時間が取れないのだろう。NHKは、2011年の東日本大震災の際にも被災地で手伝いをしていたとの声もあるが、それはNHK全体に根付く文化なのか、それとも現場の判断なのだろうか。
Business Journal編集部がNHK広報局に直接問い合わせたところ、次のような回答を得た。
「被災地に入っている取材チームが、炊き出しを行っている支援団体を取材する際、スタッフの方々とコミュニケーションをとる中で、一部お手伝いさせていただきました。
災害報道にあたっては、被災された方や支援にあたっている方の厳しい環境や心情に十分に配慮することが大切だと考えています」(NHK広報局)
被災者たちの環境や心情に対し、他のメディアも配慮しているはずではあるが、実際問題として、なかなか支援に時間を割くことはできないのかもしれない。防災担当の元新聞記者は、災害現場での取材を次のように語る。
「東日本大震災では、被災者の支援活動を報道関係者が個人的に行うことはありました。ただし、多くはあくまで記者個人がボランティアとして動いていたイメージです。
例えば、岩手県釜石市以北の沿岸は今回の能登半島地震と同じように沿岸の幹線国道が寸断されました。同県沿岸には、リアス式海岸特有の複雑な形をした半島が多く、半島に通じる多くの道路が使用できなくなり、孤立する集落も複数ありました。
ある同僚記者は自腹を切って、トランクいっぱいの食糧を買い込み、残り少ないガソリンを気にしながら、陸上自衛隊のブルドーザーが啓開したばかりのか細い道を通って、孤立した集落の避難所を取材し食糧を届けていました。
私も地元漁協の行方不明者捜索の一環として、地元の漁業関係者の方と一緒になって陸に打ち上げられた大量の漁網の撤去を手伝いました。それらはあくまで取材の過程で無理のない範囲で自然に溶け込んで行っていた、というイメージです。
当然、会社からそうした支援活動をすることについて許可はもらっていません。その場にいたひとりの人間として『そうすべきだと思ったから、そうしていた』ということです。
ただ、どこの社も、そうした行動は推奨しないのではないかと思います。支援活動中に余震などで負傷したり、死亡したりすると業務中の災害になってしまう可能性があるからです。
今回、NHKのスタッフが手伝った炊き出しの件で、もし余震が発生し鍋がひっくり返ってNHK職員が負傷した……などというケースが起こったらどうなるでしょう。ただでさえ不足している被災地の医療関係の人的・物的リソースを考えると、万に一つでも現地に取材に行った記者が負傷して、被災地の医療機関に厄介になることは避けなければいけません。
あともう一つは、いわゆる『取材倫理』に抵触する可能性もあるかもしれませんね。『中立公正を保つために、取材相手と常に一定の距離を取り、取材対象者の利益になるようなことをやってはいけない』という考え方に反してしまうからです。ケビン・カーター氏の報道写真『ハゲワシと少女』は有名ですよね。『NHKはA集落に炊き出しの手伝いに来たのに、B集落には来ないのか」「誰を助け、誰を助けないのか」――そういう指摘も出てきてしまうかもしれません。
NHKは数あるメディアの中で、極めて高い自己完結力(食料や燃料などの自給能力)を持っています。取材の傍ら被災者を救援する余力は確かにあるのかもしれません。そうであっても、メディアは『災害支援のプロ』ではありません。支援が『本来業務』というわけでもないのです。被災地と被災者のニーズを、政府や国民に伝えるために現場にいます。メディアの大原則を忘れてはいけないのは確かです。
しかし、あれほどの悲惨な現場で、目の前で苦しんでいる被災者がいるのに手を差し伸べず、無表情にカメラを回し続けるのは、私だったらしんどいです。多分、NHKのクルーと同じようにすると思います」
この元記者の見解からも、NHKが記者に支援活動を推奨することは考えにくい。NHKの記者が炊き出しの手伝いをしたのは、おそらく凄惨な災害現場を見て、無視できないという思いから出た行動なのだろう。NHKは災害時に限らず、取材の際に地元の方々と丁寧にコミュニケーションを取っているとの声も多く聞かれる。そうして作り上げた人間関係がある地で、苦しんでいる方々が目の前にいたら、手伝いをしないわけにはいかなかったということかもしれない。
(文=Business Journal編集部)