17日に投開票された兵庫県知事選挙で当選した斎藤元彦知事。兵庫県のPR・広報会社、株式会社merchu(メルチュ)の代表・折田楓氏が斎藤知事の選挙運動においてSNS戦略の企画立案・運用を担ったとサイト「note」上で公表し、公職選挙法または政治資金規正法に違反していた可能性があると指摘されている問題が、連日メディアで大きく報じられている。斎藤知事の代理人弁護士は27日に記者会見を行い、「(折田氏の)投稿にあるようなSNS戦略を依頼したり、広報全般を任せたりということは事実ではない」とし、「(折田氏は)ボランティアとしての活動で、報酬の支払いもなかった」「公選法が禁じる買収には当たらない」と説明。当局が違法か適法かをどのように判断するのかが注目されている。
そもそも今回の兵庫県知事選挙の実施のきっかけとなったのも、斎藤知事が起こした騒動だった。斎藤知事のパワハラ行為などが問題視され、9月に県議会の各会派などが提出した知事の不信任決議案が全会一致で可決され、斎藤知事は失職。先月31日に告示された兵庫県知事選挙では、当初は斎藤知事の落選は濃厚との論調も強かったが、蓋を開けてみれば斎藤知事は3年前の当選時から約25万票も多い約111万票を獲得して当選。次点で県内の22の市長から支持を受けた稲村和美・尼崎市前市長に14万票の差をつけての圧勝となった。
この結果を生んだ要因として指摘されているのが、有権者がテレビをはじめとする「オールドメディア」の“斎藤知事バッシング”報道に強い不信を抱き、SNS上で斎藤知事を擁護・評価・応援する情報を多く取得したという点だ。群馬県の山本一太知事は21日の記者会見で、「テレビ、新聞、雑誌など既存メディアから一方的に非難された候補者が当選したケースは、いまだかつて見たことはなかった。兵庫県民は既存メディアの報道をうのみにしなかったということで、初の現象。選挙の転換点になるのではないか」と分析。定数的・定量的なデータがないため実際のところどうであったのかは定かではないが、テレビ界からは反省の声が相次いている。
フリーアナウンサーの宮根誠司は17日放送の報道番組『Mr.サンデー』(フジテレビ系)内で、「今回、私個人が思うのは、大手メディアのある意味、敗北です」「これから大手メディアが選挙戦をどう伝えていくのか、今回の兵庫県知事選で我々が突きつけられました」と発言。TBSの安住紳一郎アナウンサーは18日放送の情報番組『THE TIME,』内で「テレビ、メディアに対する批判も十分自覚しているつもりです。みなさんがテレビに物足りなさを感じている。『SNSと比べて』などなど意見があると思います」「SNSと同じようなことを今のテレビではできませんが、やはりプライベート、さらには裏を取ること、そして公平にということで信頼感がある情報をSNSと並んで選択肢として選んでもらえるように、もう一度、作業を丁寧に重ねていきたいと思います」と発言した。
加えて、テレビの選挙報道のあり方も議論の的となっている。たとえば、18日放送の情報番組『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日系)でコメンテーターの玉川徹氏は「既存メディアは公職選挙法に縛られる。法律で手足を縛られている。だけど、今はSNSが一つのメディアとなっているなかで、まったくここは縛られない。今回改めて斎藤さんを当選させるという方向で、これだけ大きな力を持った。既存メディアはいろいろ考えていかないといけない」と解説。これに対し元大阪府知事で弁護士の橋下徹氏はX(旧Twitter)上に
「完全に逃げ。公選法も放送法もそこまで縛っていない。きちんと公平に放送すればいいだけなのに批判を恐れて極度に自主規制しているだけ」
「そもそもメディア関係者は『放送法は行政指導の根拠にならない。あくまでも放送局の自主規制、倫理的規範』と言っていたはず。それが今、放送法に縛られてSNSに反論できなかったと言い訳するメディア関係者が多い」
「放送局はなぜ極度な自主規制をやっているのか。それは政党や政治家、視聴者から文句を言われるのが面倒だから、それなら放送を控えようとなっているだけ。いよいよメディアも変わる時期だ。SNSと切磋琢磨して有権者に判断のための情報を届けるべきだ」
とポストした。
前述のPR会社をめぐる問題でも、テレビは連日にわたり斎藤知事の選挙運動で違法行為に該当するものがあった可能性を指摘し、テレビが再びミスリードを犯そうとしているという指摘も出ている。たとえば中央大学法科大学院教授で弁護士の野村修也氏は26日報道の『情報ライブ ミヤネ屋』(日本テレビ系)で「そういう色を付けて、報道に『こういう可能性があるんじゃないか』ってやるのは、この間までテレビに対してみんなが『ちょっと、いったん反省しようね』っていうところに戻っちゃう可能性がある」と指摘している。
そこで、今回の選挙結果にテレビ報道が何らかの影響を与えた可能性は考えられるのか、また、選挙に関する報道の現場では放送法の制約で自由な報道ができないという実態はあるのかについて、改めて検証してみたい。以下、元日本テレビ・ディレクター兼解説キャスターで上智大学文学部新聞学科教授の水島宏明氏に解説してもらう。
マスコミの選挙報道の“空白”をSNSが埋めたことで加速したマスコミ不信
一般的にテレビ局や新聞社は、選挙が公示(あるいは告示)され候補者の街頭演説が始まり、選挙カーでの遊説が実施される「選挙期間」になると、それまで以上に「公平・中立・公正」を強く意識するようになります。その結果として、たとえば新聞社ならば政党ごとに同じ字数、あるいは候補者ごとに同じ字数でそれぞれの主張をまとめる、テレビ局ならば各政党あるいは各候補者ごとに平等な時間(秒数)で登場させるように編集して放送することが一般的です。公職選挙法を強く意識するせいですが、さらに放送局は放送法という法律により公平・中立・公正という原則に縛られています。
今回の兵庫県知事選挙に関して説明すると、告示日は10月31日、投開票日は11月17日です。前日16日までの17日間が「選挙期間」になります。その前に遡ると、斎藤元彦知事が県議会から全会一致で不信任決議案を可決されたのが9月19日。10日以内に議会を解散するか、それとも辞職するかが注目されるなかで、失職すると記者会見で発言したのが9月26日、失職前の最後の退庁が9月27日、9月29日いっぱいで失職しました。
それまでは連日、斎藤知事をめぐる報道がテレビでは繰り返されていました。斎藤知事による部下に対する「パワハラ」や「おねだり」が果たしてあったのか、こうした疑惑を外部機関などに「内部告発」した部下に対して行った懲戒処分(その後に部下は自殺)が適切だったのかどうかが連日議論されました。この「内部告発」が法律で保護されるべきとされている公益通報に該当するのかどうかも争点でした。県議会が百条委員会という特別委員会を設置して公益通報制度に詳しい専門家を招いて議論する様子も連日、テレビの映像で流されました。一つの地方自治体のトップと議会でのやりとりが全国放送で、しかも比較的識者たちが議論するワイドショーなどでこれほど長期間にわたって取り上げられるケースはあまりなかったことです。
ところが10月31日に選挙が告示されて選挙期間が始まると、様相は一変します。前述したように「選挙報道の公平・中立・公正」を理由にテレビは斎藤氏の問題を深掘りして報道しなくなりました。なぜ県知事選が行われることになったのかなど、それまで長い時間報道していた問題が、候補の一人である斎藤氏をめぐるものであるために、深掘りすると映像の面だけを考えても斎藤氏が登場する場面が格段に増えてしまい、「公平・中立・公正」ではない報道になってしまう恐れが出てきたのです。このため、テレビも新聞も従来どおりの表面的な、ある意味で機械的な選挙報道に終始しました。
これが有権者にとっては、「斎藤さんをめぐる問題」をマスコミが突然、報道しなくなった状態になったと映ったのです。こうした「空白」がマスコミへの不信につながって、YouTubeなどのSNSの情報を信頼して投票する動きにつながったと思います。
マスコミが自主的に習慣化した選挙報道のやり方
日本のテレビ局では、選挙期間中の選挙報道はそれぞれの候補者や政党の露出時間をほぼ均等にすることが習慣になっています。ニュース番組などで兵庫県知事選の報道をする際には、他の候補たちにも平等に時間を割いて報道することになるので、放送時間の制約からどうしても『表面的な主張』をする場面だけを切り取って放送することになります。実は放送法や公職選挙法には『放送時間まで平等にしろ』などと書かれているわけではありません。マスコミが長い歴史の中で自主的にこうした放送の仕方を習慣にしてしまったのです。有権者からすれば、「選挙期間」はどの候補者に票を入れるかを決めるために一番情報が欲しい時期です。今回、テレビ各社は候補者の討論番組を放送することもせず、結果として有権者が候補者の主張の違いをじっくりと比較できるような報道もありませんでした。放送時間の制約があったためです。新聞にしても限られた紙面で各候補の主張を一覧表などにまとめる程度で終わりました。
またSNS上で当初は「優勢」とされた稲村和美候補に対するネガティブな誤情報・フェイク情報(デマなど事実とは異なる情報)が出回りましたが、テレビなど主要メディアがそれをファクトチェックした上で修正する動きはありませんでした。一方で、インターネットではYouTubeで候補者討論会を配信したサイトもありました。各候補の長時間インタビューを配信したサイトもありました。ネットでは、明らかにデマといえるものを発信するものもある一方で、比較的信頼できるサイトも登場する状態になっています。ネットの側も玉石混交ですが、検索すればすぐに知りたい動画などにたどり着くことができるSNSは、テレビと比べればやはり便利ですし、拡散力も比べものになりません。
多くの有権者が「マスコミが隠している“真実”をSNSは伝えている」という一種の陰謀論まで信じてしまう側面が強まっています。SNSの側にも問題があることは確かですが、「SNS」と「テレビ」という対比でいえば、多くの人たちが「テレビよりもSNSのほうがまだ信頼できる」と感じたことには理由があったと思います。
多くの有権者に見限られてしまう
私は国政選挙や東京都知事選のテレビの選挙報道について、この10年あまりウオッチしています。そうした立場でいえば、今年2024年は、かつてないほどSNSの影響が選挙の結果に影響を与えるという節目の年になりました。東京都知事選での石丸旋風、衆議院選挙での国民民主党の躍進、さらに今回の兵庫県知事選とますますYouTubeを含むSNSを活用できる陣営が有利になるという図式が明確になっています。
では、マスコミの代表であるテレビはこれからどうするのでしょうか。フジテレビの『Mr.サンデー』の宮根誠司さん、TBSの『THE TIME,』の安住紳一郎さん、TBS『Nスタ』の井上貴博さんなど、各番組のメインキャスターが今回の兵庫県知事選の結果を受けて、テレビ番組のなかでショックを受けて、動揺を見せたりしています。でも、これからの選挙報道をどうするのかについて具体的に述べるキャスターは登場していません。テレビというメディアはどうしても「横並び意識」が強い傾向があります。どこかの局や番組が実質的な意味での「公平・中立・公正」な報道を担保しつつも形式にとらわれない大胆な試行錯誤に挑戦してほしいと思います。放送のなかではできないとしても、局が運営するサイトでそうした報道に取り組んでほしい。
次の選挙(たぶん来年夏の参議院選)でそうしたステップに取り組むことができないならば、今後こそ、多くの有権者に見限られてしまう。そんな強い危機感を持っています。テレビ局の調査報道の能力を生かした信頼できる選挙報道に本気で取り組むために――。2025年はその真価が問われる年になると思います。
(文=Business Journal編集部、協力=水島宏明/上智大学文学部新聞学科教授)