17日に投開票された兵庫県知事選挙で当選した斎藤元彦知事。兵庫県のPR・広報会社、株式会社merchu(メルチュ)の代表・折田楓氏が斎藤知事の選挙運動においてSNS戦略の企画立案・運用を担ったとサイト「note」上で公表し、斎藤陣営から報酬が支払われていた場合は公職選挙法違反の可能性があると指摘されている問題。斎藤知事は25日の記者会見で、SNS運用について「(メルチュ社から)ご意見はうかがったり、アイデアは聞いたりしました」と説明し、「(折田氏は)ボランティアとして個人で参加されたと認識しています」と語った。これについて専門家は「SNS運用の専門的なノウハウを持つ同社から無償で協力を得ていた場合、寄附に該当し、政治資金規正法違反に当たる可能性がある」と指摘する。有償か無償のいずれにしても斎藤知事は法的な責任を問われかねない立場になりつつある。また、メルチュ社は21日にANNの取材に対して、「(弁護士から)『答えるな』と言われています」などとして、公の場での説明を行っていない点にも疑問が寄せられているが、斎藤知事の代理人弁護士はメルチュ社と連絡が取れない状態だと説明している。
メルチュ社の代表・折田楓氏は今月20日、「note」上に、同社が今回の斎藤知事の選挙運動の広報全般を任され、監修者としてSNSの運用戦略立案、アカウントの立ち上げ、プロフィール作成、コンテンツ企画、文章フォーマット設計、情報選定などを責任を持って行い、具体的には以下を担当したと主張していた。
・コピー考案、メインビジュアル作成、デザインガイドブック作成(選挙カー・看板・ポスター・チラシ・選挙公報・公約スライドの制作に利用)
・SNSのハッシュタグを「#さいとう元知事がんばれ」に統一
・X(旧Twitter)本人アカウント、X公式応援アカウント、Instagram本人アカウント、YouTube公式チャンネルの管理・監修・運用
また、以下のとおり会社の業務として取り組んでいたとも綴っている。
「そのような仕事を、東京の大手代理店ではなく、兵庫県にある会社が手掛けたということもアピールしておきたいです」
「『広報』というお仕事の持つ底力、正しい情報を正しく発信し続けることの大変さや重要性について、少しでもご理解が深まるきっかけになれば幸いです」
公職選挙法では、インターネットを利用した選挙運動を行った者に、その選挙運動の対価として報酬を支払った場合には買収罪の適用があると定められている。
一般的に公職の選挙の候補者は、SNS戦略の企画立案・運用について、公示後はどのように行っているケースが多いのか。行政書士で選挙プランナーの戸川大冊氏はいう。
「外部の専門業者などに有償で委託すると買収罪が成立する可能性がありますし、また外部に丸投げしてもスムーズに運用できないため、私がご協力させていただく候補者の方には、陣営のボランティアスタッフが主体的に自力でSNS運用を行えるようスキルを身につけ、運用できる体制を構築しておいてくださいとアドバイスしています」
政治資金規正法違反のケース
斎藤知事側は、SNSの運用や企画立案をメルチュ社に委託した事実はないとしており、告示後の11月4日にポスターなどの製作費として70万円を支払っているが公職選挙法違反にはあたらないと説明している。公職選挙法では、選挙事務所内で事務作業をする人、車上運動員、手話通訳者、ポスター製作を委託した業者などに報酬を支払うことは認められているが、これら以外の選挙運動員に報酬を支払うことは禁じられている。斎藤知事は25日の会見で、メルチュ社からSNS運用について意見・アイディアを聞いていたがボランティアで選挙運動に参加していたと説明した。
もし仮に報酬の発生がなかったとすれば、違法性はないのか。前出・戸川氏はいう。
「選挙運動の定義は、
・選挙の特定
・候補者の特定
・当選を目的とする行為
・得票を得させるための行為
の4つの要素からなります。たとえば街頭でビラを配布する行為は選挙運動に該当するため、配布する人に報酬を支払うことは許されていませんが、業者がビラを印刷したり、ビラやポスターなどのデザインを候補者の指示に基づいて行うことは選挙運動に当たらず、これらは単なる企業としての業務です。一方、SNS運用を業務とする企業が特定の候補者の当選を目的として主体的にSNS運用を担い、報酬を得た場合は、有償で選挙運動を行うことになるため、買収罪が成立します」
では、仮にメルチュ社が無償でSNS運用、もしくは具体的なアドバイスを行っていた場合は法的には問題ないのか。
「専門的なノウハウを持つ業者が、そのノウハウを無償で候補者やその政治団体に提供した場合は寄附に該当し、企業が政治家個人や政治団体に寄附することを禁止した政治資金規正法の違反が問われることになります。
メルチュ社がサイト上に投稿した記事を読む限りは、同社は業務として報酬を受け取って行っていたと解釈できるため、もしサイト上に投稿した記事の内容が事実であれば公職選挙法違反となります。逆に同社がサイト上に投稿した記事の内容は虚偽でしたと説明した場合、斎藤知事は公職選挙法に違反していないことになりますが、無償でノウハウの提供を受けていたと認めているため、政治資金規正法違反が問われることになり、いずれにしても違法性が問われることになります」(戸川氏)
5項目の明細を近く公表する意向
斎藤知事の代理人弁護士は、メルチュ社への70万円の支払いの根拠となった請求書の項目は一括で「デザイン制作費」になっているとしており、内訳である5項目の明細を近く公表する意向だと説明している。
「メルチュ社がサイトに投稿した記事によれば、同社は公示前の10月上旬からSNS戦略の企画・運用に携わっていたとみられますが、公示前であれば選挙運動ではなく政治活動への協力となり、仮に公示前に有償で業務を受けていたとすれば形式上は適法となります。ただ、もし仮にメルチュ社がボランティアで協力していたとすれば、そのように記述するのが自然ですし、会社のイメージとしてもそのほうが良いでしょうから、わざわざ報酬を受け取ってるかのように虚偽の説明を行う合理的な理由が見つからないという点は疑問を感じます」(戸川氏)
斎藤知事の代理人弁護士との一問一答
斎藤知事の代理人弁護士は25日、Business Journalの取材に応じ、以下のとおり回答した。
――メルチュ社への支払いについて。
代理人「支払いはあります。それが法的に認められたものであるという見解です」
――SNS運用に関する業務をメルチュ社へ委託していないということか。
代理人「そうです」
――つまりメルチュ社はサイト上で虚偽の説明をしているということか。
代理人「なぜ、こうなってしまったのかというのは、こうなってしまった以上は(メルチュ社と)連絡の取りようもないので、取るべきでもないでしょう」
――請求書の内容は公表するのか。
代理人「支払い済であることがわかる請求書は、収支報告書に載るものではありますが、こうなっているので(兵庫県の選挙管理委員会への提出期限である12月2日より)先行して出すことを検討しております。
――費用の項目明細はあるのか。
代理人「全部で5項目ですが、振込の明細には出ておりません。(請求書の記載項目は一括で)『デザイン制作費』です」
――その明細にSNS運用は書かれていないのか。
代理人「ないです」
――明細は公表するのか。
代理人「(選挙管理委員会への収支報告書の提出まで)引っ張らずに出そうと、早く出そうと。個々の報道関係者様に出しているとキリがないので、どこかに出せないのかというのも検討しているところです」
――SNS運用はすべて斎藤陣営で行っていたということか。
代理人「そうです」
――メルチェ社はなぜ、このようなことを言っているのかは、よくわからないということか。
代理人「そうです」
PR・広報会社としての振る舞いにも疑問
PR・広報会社としてのメルチュ社の振る舞いにも疑問が寄せられている。当該「note」記事には、メルチュ社が斎藤知事に示した提案資料の一部である「SNS運用フェーズ」の画像が掲載され、10月1日より順次「立ち上げ・運用体制の整備」「コンテンツ強化(質)」「コンテンツ強化(量)」を行うというスケジュール案が記載されていたが、指摘が出始めた後にその画像を削除。今回の県知事選の告示日は10月31日だが、告示日より前の選挙運動は公職選挙法により禁止されている。
マーケティング会社役員はいう。
「企業が実績のPRや宣伝のために自社が手掛けた顧客・ユーザーの導入事例を公表する場合、その相手顧客の合意を得て、かつ公表する内容を事前にチェックしてもらうというのはビジネス上の常識。斎藤知事側のコメントを見る限り、それを怠っていたとみられ、ビジネスの進め方として問題がある行為といえ、そうしたミスを顧客にPR・広報の助言を行う立場の会社がおかしたということになる。PR・広報を主たる業務とする会社が自社のPR・広報活動で大きな問題を招いてしまったという点も、同社の信用低下につながるのは避けられない。そして、やはり気になるのは、なぜ指摘が広まった後に何の説明もなしでnote記事の一部を削除したのかという点だ。問題が広まった後に説明なしでこのような行為を行うというのも、PR・広報のルールとしては問題がある」(11月23日付当サイト記事より)
斎藤知事のパワハラ問題での失職から再選までの経緯
2021年に改革派知事として兵庫県知事に就任した斎藤氏への風当たりが強くなり始めたのは今年3月。県の西播磨県民局長(当時)が斎藤知事のパワハラや出張先などでの贈答品の受領などを告発。局長は4月には県の公益通報制度を利用して内部通報したが、県から公益通報の保護対象とされず、停職3カ月の懲戒処分を受け、7月に亡くなった。自殺の可能性が高いとみられている。懲戒処分が出る過程では、斎藤知事は職員から処分については公益通報窓口の調査結果が出るまで待つべきとの見解を示されたが、人事担当部門に公益通報の結果を待たずに処分できないかを弁護士に確認するよう指示し、最終的には局長の告発行為を誹謗中傷と認定し、調査結果を待たずに処分を決めたことが明らかとなっている。
このほかにも、県議会が設置した調査特別委員会(百条委員会)が県職員へ行ったアンケート結果などにより、以下の斎藤知事による職員へのパワハラ行為や問題行為が疑われている。
・公用車で出張先を訪れた際、エントランスから約20メートル離れたところで停車し歩かされたことを理由に職員を怒鳴った。
・職員らを前に机を叩いて激高したり、幹部などに対してチャットで深夜や休日に業務指示を出していた。
・会議が開かれたホテルで急遽、事前申込制のレストランで夕食をとりたいと職員に言い、断られたことを伝えられると「俺は知事だぞ」と激怒した。
・配布資料やチラシなどに自身の顔写真やメッセージが掲載されていないと叱責した。
・出張先でお土産を要求して持ち帰ったり、民間企業から贈答品を受領していた。県職員が土産に用意されたカニの受領を拒否した際、斎藤知事はそれを持って帰ったこともあった。
・出張先で撮影した自身の写真の写りが悪いと怒鳴った。
・職員にモノを投げつけた。
・エレベーター前で待たされると機嫌が悪くなったり、目の前でエレベーターの扉が閉まって乗り損ねたりすると、職員に「お前はエレベーターのボタンも押せないのか」などと怒鳴りつけた。
・公用車で移動中に気に入らないことがあった際、助手席のシートを後部座席から蹴った。
・県の旅費規定を超える宿泊料の高級旅館に宿泊していた。
なかでも問題視されているのが、前述の県の公益通報制度を利用して通報した西播磨県民局長(当時)への対応だ。公益通報者保護法では通報者への不利益な扱いは禁じられているが、斎藤知事は保護の対象にならないとして局長の懲戒処分を決断。3月には片山安孝元副知事が元局長への事情聴取を行い、
「俺の悪口もよう書いてあったけど。勤務中にやっとったんちゃうんかい。どないやねん」
「名前が出てきた者は、一斉に嫌疑かけて調べなしゃあないからな。 いろいろメールのなかで名前出てきた者は、みんな在職しとるということだけ忘れんとってくれよな。手始めに●●(編注:職員の名前)あたり危ない思うとんやけどな」
などと詰問していたことも判明している。
県議会は百条委員会を設置し、斎藤知事への証人尋問も行われたが、斎藤知事は元局長への処分について「手続きに瑕疵はない」と主張しており、一貫して辞意を否定。9月19日には県議会の各会派などが提出した知事の不信任決議案が全会一致で可決され、失職した。
今月17日に投開票された兵庫県知事選挙では、当初は斎藤知事の落選は濃厚との論調も強かったが、蓋を開けてみれば斎藤知事は3年前の当選時から約25万票も多い約111万票を獲得して当選。次点で県内の22の市長から支持を受けた稲村和美・尼崎市前市長に14万票の差をつけての圧勝となった。選挙の投票率は前回(2021年)を14.55ポイント上回る55.65%となり、県民の関心が高かったことがうかがえる。
(文=Business Journal編集部、協力=戸川大冊/行政書士・選挙プランナー)