ソニーPS4、ゲーム業界の常識覆す「Share」で「溝」乗り越え爆発的ヒットなるか?
好調な滑り出しを見せたソニーのPS4
3月4日、ソニーは新型ゲーム機・プレイステーション4(PS4)の販売数が、全世界で600万台を突破したと発表しました。
日本での発売日となる2月22日の前日には、深夜にもかかわらず発売を待ちきれない多くのファンが東京・銀座のソニービルに集結し、カウントダウンイベントに参加するなど、大変な盛り上がりをみせました。PS4の日本での販売台数は発売後2日間で32万2000台に達し、PS4に先駆けて2012年に発売された任天堂・Wii Uの同期間の販売台数30万8000台を上回り、好調な滑り出しとなりました。
また、世界に目を向ければ、日本に先行すること3カ月、昨年11月15日に発売された北米市場では、発売後わずか24時間で100万台を突破するという驚異的な売上も記録しました。
このように各国で好調な売れ行きを見せ、ソニーは「全世界で14年3月までに500万台を販売する」という販売目標を前倒しでクリアし、3月2日にはすでに目標を100万台上回って600万台を販売するに至ったのです。ソニーとしては、3月末までにはまだまだ日にちがあるだけに、さらなる上積みが期待できそうです。
一方、PS4のライバル機を見てみると、12年11月18日、アメリカを皮切りに全世界で発売された任天堂・Wii Uが昨年12月末現在で586万台、昨年11月22日に発売されたマイクロソフト・Xbox Oneが昨年12月末現在で300万台となっています。
PS4は、同時期に発売されたXbox Oneに対して圧倒的な勝利を収め、1年前に発売されたWii Uもわずか4カ月の販売実績で抜き去る勢いです。
前機種PS3では緒戦でつまずいたソニーでしたが、前回の失敗を教訓にしてPS4ではしっかりとしたマーケティング戦略を練ってきたことが功を奏したといっても、過言ではないでしょう。
なぜPS4はスタートダッシュに成功したのか?
最近では、スマートフォンにライトユーザーを奪われ、ゲーム機市場は縮小の一途をたどっていますが、このような厳しい環境下で、なぜソニーのPS4はスタートダッシュに成功したのでしょうか?
主な要因としては、手軽なゲームだけではなく、本格的なゲームを大画面で楽しみたいというコアなゲームユーザーの多くから支持されたことが挙げられるでしょう。コアなユーザー層にとっては、任天堂のWii U、ソニーのPS4、そしてマイクロソフトのXbox Oneの中から最適なゲーム機を選択することになります。
この中でXbox Oneはまだ日本では発売されていないので、価格をドルベースで比較してみるとWii Uがベーシックセットで299ドル、PS4が399ドル、Xbox Oneが499ドルと、任天堂のWii Uが最も低価格であり、価格の面からいえば最もゲームユーザーにアピールできるといえるでしょう。
ただ、Wii Uは「スーパーマリオブラザーズ」に代表されるように、どちらかといえばライトユーザー向けのゲーム機であり、コアなゲームファンには物足りなさを感じることもあるかもしれません。
そこで、本格的なゲームを望むユーザーにとっては、ほぼ同時期に発売されたPS4か、もしくはXbox Oneを選択ということになります。結果、価格と機能のバランスに優れたPS4に多くのユーザーの支持が集まり、好調な滑り出しにつながっていったと推測できます。
ソニー自体はPS3を発売した際に、日本では安い機種でも4万9980円という高価格がたたって、大幅な販売計画の未達に終わった苦い経験があります。よって、今回は同じ過ちを繰り返すまいと、最初から価格を安めに設定して、コアなゲームファンの購買意欲を掻き立てることに成功したというわけです。
PS4の今後の成功の鍵を握るものとは?
ソニーにとっては、幸先良いスタートを切った格好となりましたが、この先も順調に販売台数を伸ばすことができるかというと、そう簡単なことではないでしょう。
今や競合は任天堂のWii UやマイクロソフトのXbox Oneだけでなく、世界中で爆発的に普及しているスマートフォンやタブレット向けの、無料や低価格で楽しめるゲームアプリでもあるからです。
ライトユーザーは、これらスマートフォンやタブレットのゲームで満足してしまい、わざわざゲーム機とソフトを購入してまでゲームをプレイしようというユーザーが劇的に少なくなってきています。このようなライトユーザーまでをもPS4に取り込もうと考えるのなら、ソニーにはより綿密なマーケティング戦略が求められるでしょう。
ハイテク製品を広く普及させるためには、発売直後から時間と共に変化する購買顧客層の特徴に応じた、きめ細やかなマーケティング戦略が必要となります。
PS4のような、イノベーションの結果生み出されたハイテク製品の「時間に伴う購買顧客層の特徴の変化」は、1962年に米スタンフォード大学の社会学者、エベレット・M・ロジャース教授が提唱したイノベーター理論で説明できます。
例えば、発売直後には、製品に夢やロマンを求め、価格はあまり気にしない「イノベーター」や「アーリアドプター」と呼ばれる、いわゆるマニア層が購入を始めます。
そして、初期段階での購入者の動向を見極めながら、ソフトが充実したり、手頃な価格まで値下げが行われたりした時点でようやく購入を始めるのが、「アーリーマジョリティ」と呼ばれる一般消費者層であり、「レイトマジョリティ」「ラガード」と呼ばれるより消費に慎重な層が続きます。
この「アーリーマジョリティ」以降の消費者層は、製品に夢やロマンを求めるマニア層と対極にあり、製品に実利が伴わなければ購入しないという特徴があります。
このような特徴の違いから、マニア層と一般消費者層の間には、簡単には越えられない「大きな溝=キャズム」が横たわり、企業にとってこのキャズムを乗り越えることができなければ、商品は一般に普及することなく短命で終わってしまうことになるのです。
そこで、スタートダッシュに成功し、一般消費者層まで浸透させて大きくヒットさせるためには、マニア層だけでなく、同時に一般消費者層を取り込むマーケティング戦略が重要な鍵を握ります。この両面作戦は、アメリカの経営コンサルタントであるジェフリー・ムーアによって体系化され、「クロッシング・ザ・キャズム戦略」と名付けられています。
PS4は「Share」で「キャズム」越えを目指す
それでは、ソニーはどのような「クロッシング・ザ・キャズム戦略」でPS4の爆発的なヒットを狙っているのでしょうか?
PS4において、キャズムを越えるために重要な役割を担うのが「Share(シェア)」と呼ばれる機能です。ソニーは、PS4でプレイするゲームのキャプチャー画像や動画を、ユーザーがSNSや動画サイトを通じて簡単に不特定多数の人々とシェアできる機能を搭載したのです。
このシェア機能はゲーム機業界としては画期的な試みであり、それゆえPS4の行方に大きな注目が集まっています。
というのも、これまでゲーム機メーカーは著作権やいわゆる「ネタバレ」といった問題のために、インターネット上でゲームソフトの情報が拡散されることをよしとしてきませんでした。ところが、ソニーはPS4でこの業界の常識を打ち破りシェアという機能を最大限に利用して、よりスピーディに、そしてより大きな規模でゲームの楽しさを拡散させて、早期にキャズムを越えようとチャレンジしているからです。
インターネットが高度に発達した現代では、シェアは製品を爆発的にヒットさせるうえで大きな役割を果たします。
大手広告代理店・電通が提唱するインターネット時代の消費者の行動パターンに、「AISAS」というものがあります。消費者はまず商品情報に触れることによって注意を引き(Attention)、興味を持つと(Interest)ネットを活用して情報を検索します(Search)。そして、十分な情報を得た後で購入(Action)し、購入後は使用したワクワク感をSNSなどを通じて友人や知人とシェア(Share)することになるのです。
この「AISAS」のうち最後のS、つまりシェア(Share)が重要なのは、他の誰かの注意(Attention)につながり、口コミで自然に、かつ爆発的に商品が売れ始めるという好循環を生み出すことができるようになる点にあります。
ソニーはこのシェアを簡単にできる仕組みをPS4の機能として提供することによって、マニア層から一般消費者層への移行をスムーズにして、キャズムを越えようと目論んでいるのです。
もし、このシェアによって、ソニーの意図した通りにゲームの楽しさがより多くの人に伝わるなら、コアなゲームファンだけでなく、多くの一般消費者層にも支持されて、かつてのPS2のように爆発的なヒットを記録することも決して不可能なことではないでしょう。
(文=安部徹也/MBA Solution代表取締役CEO)