ゲーミフィケーションという言葉が広まったのは2010年代からで、サービス、福祉、ITなど、さまざまなビジネス領域に取り入れられてきた。米経済紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」によると、例えば米国のシリコンバレーでは、営業成績や上司・同僚の評価などに応じて得点を与え、社員をゲーム感覚で競わせる企業が増えつつあるという。
また国内でも、日本マクドナルドや全日本空輸(ANA)、ドクターシーラボなどの企業が社員教育やリピーターの確保にゲーミフィケーションを活用しているが、近年、ゲームと程遠い領域とされてきた教育にもゲーミフィケーションを役立てる動きが起きている。
“ゲーム業界初の教科書づくり”に挑んだのは、ゲームメーカー大手のバンダイナムコゲームスだ。同社は教科書出版の老舗・学校図書とタッグを組み、「授業時間外でも開きたくなる」というコンセプトのもと、小学生向けに理科・算数・国語の3教科の教科書を制作。11年度から採用され、昨年度までの3年間の累計発行数は算数だけで480万冊と、教科書としては異例のヒットとなった。ヒットの要因は、1年間の学習内容を視覚的に理解できるわかりやすい目標設定や、ロールプレーイングゲーム仕立ての出題形式など、学習を進める楽しさや達成感が得られる仕掛けが随所に施されている点にあるようだ。
●大学生の9割超が学習意欲向上
一方、大学教育の現場でゲーミフィケーションを実践する例もある。東京工科大学メディア学部准教授の岸本好弘氏は、ゲーミフィケーションを組み込んだ新しいスタイルの講義を実施している。例えば、ゲーミフィケーション要素の「達成可能な目標設定」として、レポート提出にポイント制を採用し、そのポイントを成績に反映させる。「成長の可視化」「能動的参加」として、成績上位者の名前と獲得ポイントを中間発表するなど、ゲームの要素を取り入れることで、学生の集中力と学習意欲を向上させることが狙いだ。岸本氏の調査によれば、「授業に集中できた」「学習意欲が高まった」と回答した受講生は、合わせて9割を超えている。
岸本氏が授業にゲーミフィケーションを導入した背景には、社会問題となっている大学生の学力低下がある。生まれた時からゲームが身近にあった「ゲームネイティブ」である大学生にとって、使い慣れたゲームは彼らと親和性が高く、ゲーミフィケーションの導入が学習意欲や学力の向上につながるとの仮説を立てたことが始まりだという。
しかし、教育現場にゲーミフィケーションを浸透させるには課題も多い。eラーニング戦略研究所が12年に全国の小中高および大学の教員を対象に行った調査によると、ゲーミフィケーションという言葉を「聞いたことがない」という回答が7割を占め、認知度の低さが浮き彫りとなった。今後、ゲーミフィケーションを活用した教材が開発されても、ゲーミフィケーションの知識を持ち、授業にうまく取り入れられる教員が育たなければ、宝の持ち腐れとなりかねない。
また、ゲームは依存症を引き起こしたり、キレやすい子どもを生み出すといった有害なイメージを持つ教員も少なくない。保守的な日本の教育現場において、ゲーミフィケーションが学校側の理解を得るには、もうしばらく時間が必要となりそうだ。
(文=千葉優子/ライター)