先日、都内で菓子の卸問屋を営んでいるIさんから退職のあいさつを受けた。Iさんの会社は社員15名ほどの規模だが、菓子メーカーの親会社は東北地方に工場を持ち、グループの年商は20億円、社員は約150名在籍している。
Iさんは親会社で部長を務めた後に定年となり、子会社の社長に就任した。当時60代のIさんは、経営者としての意欲や体力にはまったく問題はなかったという。
しかし、故郷の新潟で健在だった父親が昨秋に急病で亡くなり、90歳近い母親が1人になってしまった。それから、Iさんは週末になると新潟の実家に戻り、母親の世話をする日々を続けた。父親を亡くしてからの母親は、喪失感からか一気に老いが進んだ感があり、物忘れも激しくなっていったという。
Iさんは「体力的にはまだなんとかなっているのですが、母を1人にさせておくのがすごく心配になりました」と退職の理由を語る。現在、横浜で妻と2人暮らしをしており、Iさんは横浜での同居を希望しているものの、老齢の母親は都会暮らしを不安に思って拒否しているようだ。一方、Iさんの妻は60歳を過ぎていきなり姑を抱え込むことに難色を示している。
「結局、自分が実家に戻って母を介護することにしました」。Iさんは決断し、昨年末に会社を退職した。社長から一転して、介護のための単身赴任者となったのである。
また、大手金融機関で年金問題の専門家として名を馳せたEさんも、老親の介護のために退職せざるを得なかった。Eさんは退職後、社会保険労務士として自宅兼事務所で開業している。
IさんやEさんのように、働き盛りでなおかつ経営者や専門家であっても、親の介護のために仕事を辞めざるを得ない「介護によるキャリア中断」が社会問題となっている。会社の中で最も責任が重く重要なポジションを担っているのは、多くが50代から60代だ。しかし、この世代は親が80代から90代となっており、最も介護の手が必要な状況にある。
●重要な経営課題である「介護によるキャリア中断」
昨年11月に発表された明治安田生活福祉研究所とダイヤ高齢社会研究財団の調査によると、介護を始めた人の50%以上が1年以内に会社を辞めている。もちろん、介護の必要度や状況はケースバイケースなので一概にはいえないが、会社にとって最大の問題は経営の舵取りではなく、実は従業員たちの介護問題なのかもしれない。
同調査では、介護のために転職した場合、男性の約30%、女性の約60%が非正規雇用であり、年収は約半分に減少するケースもあると伝えている。また、これらはあくまで従業員の話で、経営者の場合は介護問題を抱えながら別の会社の社長に就任するというわけにはいかないだろう。幹部などの要職でも同じことだ。そうなると、会社は最も有為で必要な人材を失うことになる。これは、社会全体で考えても大きな損失であろう。
総務省の就業構造基本調査によると、介護や看護のために退職する人は年間10万人を超えている。また、仕事と介護を両立している人は約240万人という多さだ。
このような「介護によるキャリア中断」は多くの場合、従業員の視点から語られてきたが、実は会社にとって最も重要な人材である経営者や幹部社員たちに襲いかかってきているのが現状である。これからの時代に最優先すべき経営課題といえるだろう。
(文=山田修/経営コンサルタント、MBA経営代表取締役)