「医者の処方箋通りに薬をとるだけの楽な仕事」「薬を袋に詰めるだけの仕事」――。そんなふうに薬剤師を揶揄する言葉も聞かれるが、実際には薬剤師の仕事は複雑だ。医療業界をテーマにしたドラマは数あるが、そのなかでスポットライトが当たることが少ない薬剤師を描いた新ドラマ『アンサング・シンデレラ - 病院薬剤師の処方箋 -』(フジテレビ系)は、観る人にとっても新鮮だろう。
ドラマのなかで、もっともリアルに描かれているのが、「調剤室」でのやりとりだ。薬剤師が医師の処方箋を基に薬の調剤をする前にすることが、いくつかある。処方箋の記載事項(患者情報、保険、薬の処方内容)に間違いがないかを確認し、間違いがあればドラマのなかでも描かれていたように「疑義照会」を医師に対して行う。どんなに明らかな誤りでも、薬剤師が医師に照会せず変更することはできない。
「1日に発行される全国の処方数は220万枚、そのうち6万枚を超える処方箋に疑義照会がかけられている。しかも、そのうちの7割が処方変更。つまり、修正が必要な処方箋が1日に4万枚」とドラマでも示しているように、薬剤師の担う役割は大きい。
どんなケースが疑義照会になるかというと、薬の用量・用法の間違い、保険適用外の処方、処方制限のある薬にもかかわらず制限を超えている場合、薬の重複など、さまざまである。疑義照会に答えることは医師の義務でもあり、スムーズに対応する医師がほとんどだが、ドラマのなかの医師のように、「そんなことでいちいち連絡するな!」などと横柄な態度を取る化石のような医師も一部いることは否定できない。
医療現場のなかで薬剤師の地位は決して高いとはいえず、筆者も薬剤師として27年のキャリがあるが、医師から「薬剤師の分際で余計なことを言うな」との言葉を浴びせられた経験がある。しかし、そんな経験も今は昔で、ドラマのなかで「薬剤師の気づきで患者を救った」と感謝の言葉を述べた医師がいたように、現在は“チーム医療”という概念が多くの医療現場で定着している。医師といってもその人間性はさまざまで、ドラマでは医師と薬剤師の関係性や日常が非常にリアルに描かれていると感じる。
理想の薬剤師像
医療職である薬剤師だが、医師や看護師とは大きな違いがある。その違いとは、「医療行為として患者に触れてはいけない」ということだ。この医療行為とは、手術などに代表される、医師法に規定されている“侵襲的な行為”を示している。血圧、脈拍、体温などのバイタルサインを診る医療行為は薬剤師も行える。ドラマに登場したように、心臓マッサージをすることもできるが、実際には薬剤師がチーム医療の一員として活躍できる医療機関は、まだまだ少数である。
しかしながら、薬学部が6年制になってからは、医療現場で活躍できる薬剤師を育成するために、バイタルサインについての講義や実習などが行われている。『アンサング・シンデレラ』で描かれる薬剤師は、“理想の薬剤師像”といった感もあるが、薬剤師の姿が概ね正しく描かれている。
ドラマのなかで、薬局の待ち時間が長いと喚き散らす患者が出てきたが、薬局の業務を理解されていない場合に起こり得ることで、どの医療機関や薬局でも一度や二度は見られる光景だ。薬剤師としては、思わず「あるある」と呟いてしまったシーンだろう。主人公の葵みどり(石原さとみ)が立ち寄ったラーメン店の店主がその患者だったのは、今後のドラマの展開になんらかの伏線となっているのかもしれない。
同じシーンで隣り合わせた客に、なぜ病院薬剤師になったのかを問われ、「調剤薬局やドラッグストアのほうが気楽そうだし、給料もいいのでは?」とも言われるが、葵は「私は病院薬剤師が好きなんです。昔からの夢だったので」「お世話になった病院薬剤師さんに救われて、今でもずっとその薬剤師さんに感謝してます」と答える。
薬剤師は患者との関わりが深い。「医師に話せないことも薬剤師には話せる」と言う患者も多い。それは病院薬剤師も調剤薬局やドラッグストアの薬剤師も同じだ。薬剤師は、薬剤師国家資格を取るまでにかかる学費を考えると、決して高給が約束される仕事ではないが、多くの薬剤師が熱意を持って仕事に打ち込んでいる。
『アンサング・シンデレラ』を観る人が、医療現場での薬剤師の仕事を理解し、薬の安全性などについても考えるきっかけとなれば、非常に意味あるドラマとなることは間違いない。石原さとみの好演に期待したい。