横浜市は8月22日、カジノを含む統合型リゾート(IR)を誘致すると発表した。羽田空港からアクセスがいい横浜港の山下埠頭(47ヘクタール)を候補地とし、2020年代後半の開業を目指す。
横浜市の林文子市長は同日の記者会見で「将来に向けて成長発展を続けるため、IRの実現が必要だと判断した」と強調した。市の試算によると、IRの訪問者は最大で年間4000万人、経済波及効果は1兆円に上る。市の増収効果は1200億円に達するとしている。
林市長は2期目の14年、IR導入を開始、誘致に前向きな考えを示していた。しかし、誘致反対を掲げる2氏との争いになった17年の市長選挙を前に「白紙」に転じた経緯がある。
林市長はこの日の会見で、慎重姿勢から誘致へとかじを切った理由について「(白紙は)一切やらないということではない」と釈明。誘致反対派の市民団体は「選挙に勝つために誘致を争点から外した『だまし討ちだ』」と反発した。
横浜市のIR誘致で最大のネックとなるのが設置予定地、山下埠頭側の反発だ。港湾事業者は立ち退きを拒否している。
林市長が横浜への誘致を表明したことに、「ハマのドン」と呼ばれる藤木幸夫氏が憤った。横浜港ハーバーリゾート協会会長の藤木氏は翌23日、山下埠頭内の横浜港湾会館で記者会見を開き、林氏を批判。「命をかけて反対する」と宣戦布告した。
横浜誘致は「トランプ案件」
国は20年にも最大3カ所のIR認定地域を決める見通し。これまでに誘致を表明しているのは、大阪府・大阪市が大阪湾・夢洲、和歌山県が和歌山マリーナシティ、長崎県のハウステンボスと横浜の計4地域。さらに、北海道、千葉、東京や北九州が検討中だ。
名乗り上げたのは長崎県がもっとも早かったが、旗振り役だったエイチ・アイ・エス会長の澤田秀雄氏がハウステンボス(HTB)を去った。HTBは運営にはタッチせず、誘致成功時にHTBの土地の一部を売却するだけにとどめた。推進役が不在となり、長崎県は誘致レースから事実上、脱落した。
“本命”は大阪府・大阪市だった。吉村洋文知事と松井一郎市長は日本維新の会。安倍晋三首相は、憲法改正を実現するため、維新の会の取り込みに心を砕いている。維新の会が推進する大阪湾・夢洲がトップを走っていたゆえんだ。
和歌山県が手を挙げたのは、二階俊博・自民党幹事長の地元だからだ。IR誘致は、時の政権が決める。つまり、政治力が左右するパワーゲームなのだ。
大阪府・大阪市を中心としていたIR誘致レースに、横浜・山下埠頭という強力なライバルが出現したことで情勢は一変した。
藤木氏は記者会見で林市長の豹変を批判したが、横浜市へのIR誘致をもたらしたのは、軍事力、経済力で他を圧する「ハードパワー」だと語った。名前こそ挙げなかったが、「ハードパワー」がドナルド・トランプ米大統領を指していることは明らかだ。
トランプ大統領の意向が安倍晋三首相にもたらされ、それを横浜を地盤とする菅義偉官房長官が引き継ぎ、横浜市の林文子市長に伝えたというシナリオが永田町で語られている。政権のトップダウンで決まったと考える政治家が多い。
ラスベガス・サンズはトランプ大統領の大口スポンサー
横浜市の動きにIR事業者は即応した。8月22日、業界最大手の米ラスベガス・サンズは「東京と横浜での開発の機会に注力する」とし、大阪府・大阪市の事業者選定への参加を見送ると発表した。アジアでカジノを展開するメルコリゾート&エンターテインメント社も、横浜が名乗りを上げたことに歓迎の意向を示した。
ラスベガス・サンズのシェルドン・G・アデルソンCEO(最高経営責任者)は、トランプ大統領の最大級のスポンサーとされている。大統領選や大統領就任式で大口献金をしている。
2018年10月11日付朝日新聞が『トランプ氏、安倍氏にカジノ業者参入要求か 大口献金者』として報じた記事が、にわかに蘇ってきた。
<米調査報道専門ニュースサイト「プロパブリカ」は10日、安倍晋三首相が昨年(17年)2月に訪米した際、トランプ大統領が安倍氏に対し、トランプ氏の大口献金者が会長を務めるカジノ運営大手「ラスベガス・サンズ」の日本参入を働きかけていたと報じた。大統領が献金者の個人的なビジネスの利益を他国の首脳に求めることは、規範に反する異例な行為だと指摘している>
ラスベガス・サンズが大阪府・大阪市を見捨てて横浜市に乗り替えた理由が、この報道でよくわかる。
地理的に大阪府・大阪市に近い和歌山は厳しい戦いを強いられてきたが、大阪の脱落で、にわかに再浮上してきた。8月に有識者会議を立ち上げ、IR誘致の火が再点火した。
九州での誘致も勢いを取り戻しつつある。「大穴は北九州空港」(関西以西のIR業界関係者)といった声もある。
しかし、当面、日本に3つもカジノは必要ないといわれている。横浜の山下埠頭で決まりとの声が高まっている。
カジノの落成式でトランプ大統領と安倍首相が並んでテープカットする姿を見ることになるかもしれない。
(文=編集部)
【続報】
マカオなどでIRを運営するメルコリゾーツ&エンターテインメントは9月18日、日本国内のIR参入の候補地を横浜に絞ったと発表した。検証対象としていた大阪府・市に、事業参加を中止する、と伝えたことも明らかにした。大阪府・市は大苦戦に陥った。
横浜市議会は9月20日、IR誘致に向けた調査費など2億6000万円を盛り込んだ補正予算を賛成多数で可決した。自民党・無所属の会と公明党が賛成した。横浜市のパブリックコメントで市民の9割が反対したIR誘致。カジノの是非の議論が深まらないなかでの調査費である。
横浜市は早ければ年内にも全18区で説明会を開く。誘致反対派は林市長のリコール(解職請求)などに踏み出すかもしれない。民意を、いわば置き去りにした横浜市の立場は盤石とはいえない。