所得主導成長の副作用
さらに、文在寅大統領の目玉政策のひとつである所得主導成長はまったく景気浮揚に寄与していない。所得主導成長は労働分配率を高めることで所得を増やし、個人消費の増加を通じて成長率を高めるといったロジックにもとづいた政策である。そして具体的に行われた措置が最低賃金の引上げである。
文在寅氏は大統領選挙で候補者の時、2020年に最低賃金を1万ウォンに高めることを公約として掲げた。そして政権発足以降初の引上げとなった2018年には16.4%、2019年には10.9%、最低賃金が引き上げられた。なお、2020年の引上率は2.9%にとどまったが、最低賃金は2017年の6070ウォンから2020年には8590ウォンへと、3年間で41.5%も高まることとなった。
しかし最低賃金の引上げは雇用に悪影響を与えるといった副作用を招いた。そもそも最低賃金の引上げにより影響を受けるのは、ようやく利益が出ているような零細な事業主が多い。このような事業主は賃金上昇によるコスト増を価格に転嫁できない。小規模の下請企業は、親会社との力関係からいって、納入価格の引上げを要求することは難しい。小売店や飲食店は、同業者が増え競争が激しくなっており、値上げすれば客足が遠のいてしまうことから価格を据え置かざるをえない。
価格を据え置き人件費が上がるとなれば経営は成り立たなくなるため、雇用を減らす動きが広がっている。政府の委託調査の結果によれば、小売業では、客が少ない時間帯の営業をやめる、事業主やその家族の労働時間を増やすなどして、従業員数か従業員の労働時間のいずれかを減らしており、両方とも減らしたところも相当数にのぼった。また飲食業も小売業と状況は同じであるが、客の少ない時間を休憩時間にして勤務時間から外すことなども行っている。
賃金労働者数には増加トレンドが見て取れるが、2018年に最低賃金が大幅に引き上げられてからは、トレンドを下回る増加にとどまるようになった。最低賃金は高まっても雇用されなければ意味をなさない。マクロでみた総所得は賃金に労働者数を乗じた数値であるが、賃金が高まっても労働者数の伸びが鈍化してしまえば、総所得はあまり増加しないこととなる。
所得主導成長の考え方では、最低賃金を40%以上も高めたわけであるから、低所得層を中心に所得が高まり、個人消費が景気を引き上げるはずである。しかし、最低賃金が大幅に引き上げられた2018年以降の個人消費の増加率は年率に換算すると2.1%であり、2013年から2017年までの5年間の2.3%と比較して特段の改善は見られない。つまり最低賃金の引上げは景気浮揚にはまったく寄与していない。
現在の韓国には、金融政策や財政政策といったマクロ経済政策を積極的に行う余地は残されていない。また文政権の目玉政策のひとつである所得主導成長はまったく景気浮揚に寄与していない。韓国には自力で景気を回復させる力はなく、米中貿易摩擦の行方など世界経済の動きに翻弄される状況が続くほかはなさそうだ。
(文=高安雄一/大東文化大学教授)