韓国・釜山の少女像設置は「市民革命の勝利」
すったもんだの末に韓国・釜山市の日本総領事館前に慰安婦少女像が設置されたのは、暮れも押し迫った昨年12月31日のこと。市当局が「道路法違反」として28日に強制撤去したものの、世論の反発に負けて容認に転じた結果だ。
少女像の設置には日本政府が抗議しただけでなく、韓国外交部(外務省)も憂慮を示している。そうしたなかで「少女像の設置を容認する」という釜山市当局の敗北宣言を、複数の現地メディアは「市民革命」という言葉で伝えた。設置を制止する既存の権力を、市民が打ち倒したという意味だ。
この「市民革命」を可能にしたのは、ほかでもない朴槿恵大統領の弾劾訴追。慰安婦問題に対する政権の求心力低下、さらに全国で高潮するデモの巨大なうねりが、政府当局の判断に影響を及ぼしているわけだ。
日本側の視点では、慰安婦合意の行方に対する懸念が募るばかりだろう。だが、現地では崩壊した朴政権の合意などもう顧みられず、むしろ日米、そして中国との関係を見直す議論も活発化している。こうした動きが当面のゴールとするのが今年中に行われる次期大統領選であり、そのテーマが「革命」だ。
群衆が求める「大韓民国のリセットとリビルド」
「崔順実ゲート」にともなう一連のデモは、ろうそくの灯をシンボルとすることから「キャンドルデモ」と呼ばれる。昨年10月にソウル中心部で2万人を集めて以来、毎週末に全国で繰り広げられるようになった。各地の市民団体を統合しながら規模を拡大し、弾劾決議案可決の直前にあたる昨年12月3日には232万人を動員している。
弾劾決議案可決によって、「朴槿恵退陣」という当初の要求は部分的に実現した。だが、その後も「キャンドルデモ」の勢いは衰えていない。昨年12月31日にはソウル中心部に80万人が集結し、延べ動員人数が1000万人を超えたと発表された。
ろうそくを手に集まった群衆は、いったい何を要求しているのか。保守系総合誌「中央SUNDAY」編集局長のコラムによると、その答えはこうだ。
「(キャンドルデモは)ヘル朝鮮、スジョ階級論、政財界の癒着、青年失業、高齢者の貧困などに象徴される従来の大韓民国との決別、大韓民国のリセットとリビルドを要求している」
「ヘル朝鮮」はおびただしい数の自殺を生む過度の競争と、既得権層の横暴、「スジョ階級論」は世代を超えた格差の固定による不平等などを表す。不正介入の主犯・崔順実の娘で一流大学に裏口入学したチョン・ユラの放った「(親の)カネも実力だ」という言葉は、極限まで鬱積した国民の不満を見事に凝縮していた。一部保守派の「デモは親北左派の扇動」という批判も、こうした国民の切実な怒りに押し流されている。
「キャンドル革命」の落としどころが政局の焦点
すさまじい国民の不満と怒りを燃料に、「大韓民国のリセットとリビルド」を求めて突き進む「キャンドルデモ」。この現象は現地メディアで「キャンドル革命」と呼ばれる。そしてこの「革命」をどんな落としどころに導くかが、弾劾以後の政局と次期大統領選を決する最大のテーマだ。
わかりやすい落としどころのひとつは改憲。憲法改正で大統領権限を分散化、また直接民主制を拡大し、「第2の崔順実ゲート」を防ぐという議論だ。また「第7共和国」論、つまり抜本的な改憲でドラスティックな国家体制の転換を目指すべきという主張も根強い。
いっぽう最大野党・共に民主党の文在寅(ムン・ジェイン)前代表は、また違うかたちでの「革命」に言及した。朴大統領の弾劾訴追はこれから数カ月の審理を経て、憲法裁判所で棄却、つまり大統領権限が復活する可能性もある。これに対して文前代表はメディアの取材に、「棄却の場合は革命しかない」と発言したのだ。保守系メディアはこの発言を「『キャンドルクーデター』の扇動」と猛批判した。
過激な「革命」発言で攻撃を浴びる文在寅前代表だが、国民の支持は根強い。1月2日発表の世論調査でも、首都圏で次期大統領候補No.1に選ばれている。
そして次期大統領選をめぐって文在寅前代表と互角に人気を分け合うのが、与党・セヌリ党が推す潘基文(パン・ギムン)前国連事務総長。この2人を「韓国版トランプ」こと李在明(イ・ジェミョン)城南市市長、ベンチャー実業家出身の安哲秀(アン・チョルス)国民の党前代表ら野党候補が追う構図だ。「キャンドル革命」を強力な追い風とする野党系候補に対して、朴大統領を担いでいた保守派与党は不利な応戦を強いられている。
とうに破綻していた「慰安婦合意継承」のシナリオ
「キャンドル革命」とその後の政局は、日韓関係にどんな変化をもたらすのか。まず日本側にとって気になる慰安婦合意は、釜山の件が示す通りほぼ絶望的だ。そもそも両首脳が歴史的快挙と胸を張ったこの合意が次期政権に継承されるシナリオは、最初から1つしかなかった。それは朴大統領の後継者を自認する保守派の与党系候補が大統領選で勝つことだ。
文在寅前代表、李在明市長、安哲秀代表を筆頭とする野党系候補はみな、当初から慰安婦合意に反対の立場。また世論調査でも、常に半数強が慰安婦合意に否定的回答をしている。こうした状況を抑えて合意継承を強行するには、朴大統領が安定した支持基盤を維持したまま任期を全うすることが必須条件だ。だが、このシナリオは昨年4月の総選挙で与党が大敗し、朴大統領が求心力を失った時点ですでに破綻していた。
朴大統領の後継者と当初目されていたのは、潘前事務総長だ。同氏は慰安婦合意についても、当初は国連事務総長の立場で歓迎の意思を示していた。だが、大統領選出馬が濃厚になった昨年3月にはもう、「慰安婦問題解決の努力を評価しただけで、合意内容を歓迎したわけではない」と発言を翻したことが報じられている。「キャンドル革命」が吹き荒れるいまはなおさら、朴政権の政策継承は潘氏にとってダメージにしかならない。
流動化する米韓関係と日韓の将来
「キャンドル革命」が日韓関係にもたらすインパクトは、安全保障分野にも及ぶ。文在寅前代表、李在明市長、安哲秀代表ら野党候補はみな、朴政権が締結した日韓秘密軍事情報保護協定(GSOMIA)に否定的な立場だ。さらに中国との摩擦をもたらしている在韓米軍の迎撃ミサイルシステムTHAAD配備も、見直しに意欲を見せている。
こうした事態をいっそう流動的にしているのが、トランプ米大統領だ。アメリカの外交専門誌「フォーリン・ポリシー」は昨年12月、文在寅前代表と李在明市長がトランプ氏による在韓米軍防衛費分担金の増額に応じないおそれがあるとの分析を示した。野党陣営とその支持者に根強い反米志向が、トランプ大統領の登場で本格化する可能性は高い。
アメリカとの離反は同時に中国への傾斜を意味する。「キャンドル革命」にともなう左派系の台頭で、「大韓民国のリセットとリビルド」が反米親中へと向かっていく公算は大きい。米韓同盟のたがが緩めば、慰安婦問題をはじめとする対日批判はいっそう激しくなるだろう。こうした韓国側の選択で両国の将来がどのように明暗を分けるのか、これから徐々に明らかになる。
(文=高月靖/ジャーナリスト)