経済統計に異変?市場で高まる「人間の判断」の重要性と、「スピード重視」からの転換
なぜか? 先ほど、「ヘッドラインは申し分のない、手放しで喜べる良好な結果だった」と書いたが、統計内容をよくよく見てみると、実はそれほど「手放しで喜べる」ようなものではなかったからである。
例えば、平均時給は横ばいで変わらず、労働参加率は歴史的低水準に下がった。米連邦準備制度理事会(FRB)のイエレン議長は、講演などでこのような労働市場の「不完全さ」をたびたび指摘する。議長は、フルタイムでの就業を希望するパートタイム労働者数が700万人もいることを挙げ、「半ば失業した」労働者がこれだけ多く存在していることは、失業率が示唆している以上に雇用情勢が悪いとの認識を示した。企業は積極的に雇用を増やしてはいない。だから、新しい就職先を見つけるのは難しいとの懸念から、人々が仕事を辞めるリスクを取りたくないと考えていると想定される。「一方」というか、「同じことの裏返し」というか、6カ月以上仕事が見つからない長期失業者の割合が異常なほど大きい。
失業率だけを見ていては、米国の労働市場の実態はわからない。だからこそ、先のFOMC(米連邦公開市場委員会)では、将来の金融政策の方向性を示すフォワード・ガイダンスを変更したわけである。失業率だけでなく、もっといろいろな指標を見て判断しようというわけだ。極めて納得のゆくアプローチであり、そのFOMCの決定を市場も好意的に受け取った。失業率が、それまでFRBが数値目標に掲げてきた6.5%に接近する一方、インフレ率はFRBの目標である2%にはるか及ばない。だから、失業率の数値基準6.5%を撤廃するというのは市場の予想通りであった。
しかし、雇用統計発表時点で、市場はここまでの事態を想定できただろうか? NFP(市場予測値との差)が上振れし、失業率が大幅に低下しても、もっとつぶさに労働市場の指標を確認しないとマーケットでの的確な判断が下せなくなるということを。
無論、このようにつぶさに指標を確認するというアプローチは投資において正しいものだ。しかし、これまでヘッドラインに対する条件反射の速さで勝負してきた者たちにとっては、たまったものではないだろう。NFPと失業率だけでは不十分。労働参加率は? 長期失業者数は? 週当たり平均賃金は? トレーダーたちの嘆きが聞こえるようだ。そんなにたくさんの指標を、あれもこれもチェックするなんて、“辟易とするよ”。
(文=広木隆/マネックス証券チーフ・ストラテジスト)