地政学リスク上昇で株価急落は当然?経済における「リスク」と「真の不確実性」の違い
7月の終わりから8月の頭にかけて、米国株式市場はダウ工業株30種平均が1週間で500ドル近く下落する大幅安に見舞われた。しかし、その割には日本株式市場は底堅い展開となった。ちょうど佳境を迎えていた4-6月期の決算発表で企業業績の堅調さが確認されていたからだろう。ところが8月上旬、地政学リスクが緊張の度合いを高めると、日本株も調整色を強め、ついに8月8日は日経平均株価が▲454円の急落で、1万5000円の大台を割り込むに至った。
地政学リスクとは、ある特定地域の政治的・軍事的・社会的な緊張が高まることによって、世界経済への影響が不透明になること。主に、地域紛争やテロなどがその要因である。経済制裁をめぐる西側諸国とロシアの関係悪化、ウクライナ情勢の緊迫化、イスラエルのガザ侵攻、エボラ出血熱の深刻な拡大など、地政学リスクが徐々に高まっていたところに、8月8日は米国のイラク空爆承認というニュースがとどめを刺した。
米国株の急落にも持ちこたえたが、地政学リスクの高まりにはもろかった。それは投資家のリスクに対する耐性に関係がある。一般に人は、同じ「不確かな事象」であっても、確率がある程度わかっているのと、わかっていないのでは、圧倒的に後者を避ける傾向がある。アメリカの経済学者フランク・ナイトは前者を「リスク」、後者を「真の不確実性」と呼び、「不確かな事象」を区別した。
●株価急落は当然の反応
例えば、壷が2つあるとする。壷Aには、黒玉50個と白玉50個が入っている。壷Bにも黒玉白玉合わせて100個が入っているが、白黒の配分はわからない。目をつぶって壷の中から1つ玉を取り出して、色を当てるゲームをする。取り出した玉の色が、前もって宣言した通りだったら、賞金がもらえる。Aの壺は白黒半々だから、「白玉を取り出す確率」は50%とすぐわかる。Bの壺の場合は、その確率はわからない。どちらの壺を選んで色当てゲームをするかという実験をすると、みんながAを選ぶ。これは行動経済学の分野で「エルスバーグの実験」として知られる有名な実験結果である。
実はこのゲームで「賞金をもらえる確率」という点では、Bの壺も50%なのだ。詳しい説明は省くが、白黒の比が6:4であっても、7:3であっても、「白玉を取り出す確率」ではなくて、問題は「宣言通りの色の玉を取り出す確率」だというのがミソである。よく考えれば確率は同じだが、直観的にはわからない。人間がいかに非合理的な意思決定をするかという見本である。
人は直観的に確率がわからないことを嫌う。地政学リスクというのは確率で測りきれない最たるもの、フランク・ナイトの定義では「真の不確実性」である。一方、株価の変動というものは、絶対ではないにしろ、ある程度見当が付けられる。米国株の急落リスクには耐えた日本株相場が地政学リスクの高まりには耐えられなかったのは、投資家の、いや人間のリスクに対する耐性を考えれば極めて当然の反応といえるだろう。
(文=広木隆/マネックス証券チーフ・ストラテジスト)