ひとつの裁判の結果により、ボクシング界が岐路に立たされている。
亀田大毅の2013年の世界統一戦が発端となり、JBC(日本ボクシングコミッション)と亀田家は対立。結果的にJBCが亀田ジムに資格停止処分を下したのは14年。この処分により亀田三兄弟は国内での試合が禁止されたため、海外を拠点にする選択肢しかなくなり、事実上の国内引退に追い込まれた。
この処分を不服とした亀田サイドは法廷の場でJBCの違法性を訴え、6億6000万円という巨額の損害賠償を求めてきた。通称“亀田裁判”と呼ばれる4年以上にわたる法廷闘争の結果、東京地裁は亀田側の主張を一部認め、「JBCによる処分は裁量権を逸脱・濫用するもので違法」と、JBC側に対して4550万円の損害賠償を支払うよう命じた。
「この判決を経てボクシング界は大きく変わる可能性があります。そもそも今回の亀田裁判に関しては、100対0といってもよいほどJBC側に非がありました。亀田家のイメージの悪さもあってか当初、世論は割れていましたが、JBCのいい加減な判断が3人のボクサーの未来を奪ったという構図でもあるんです。賠償金に関して、JBC単体では賠償金の支払い能力がないため、貸付先がなければJBCは消滅することになります。ただ、そもそも日本ボクシング界の中では、JBCの組織としての機能不全は知られた話でした。今の体制が刷新されなければ、好転することはないでしょう」(全国紙ボクシング担当記者)
この判決を受けて亀田興毅は、「ここまですごく長かったけど、こういうふうに判決が出て、自分の中では一定の評価はしたいと思っている。(国内での活動ができなくなり)経済的ダメージは計り知れないものがあった。思い出したくもないぐらい苦しい時だった」と、心境を吐露している。
だが、問題はこれでは終わらなかった。JBCはこの判決に不服を申し立て、控訴しているのだ。亀田家への処分は、明らかにJBCの瑕疵といえることが法定で明らかにされたわけだが、なぜ控訴に至ったのか。
権力闘争の結果、統治能力が崩壊
そこには、組織の存続すら危ぶまれる深刻な財政難が関係している。13年に1億4800万円あったJBCの正味財産は、18年時点で620万円まで急減。数字上でも4550万円の支払い能力はなく、貸付先が現れないと債務超過で経営破綻に陥る可能性が極めて高い。
「今のJBCに5000万円近い賠償金を支払う能力はありません。唯一の救いは、4550万円という、救いの手が差し伸べられる可能性があるギリギリの金額で収まったことです。亀田側に断られてはいますが、一度はJBC側から4000万円で和解を打診しているので、資金繰りのアテはあるのかもしれません。組織内では、関係が深い東京ドームが助けてくれるのではないか、という見方があります。幹部が減額を求めて控訴に踏み切っているのは、おそらく上場企業である東京ドームのガバナンスとの兼ね合いもあり、1円でも減額したいからというのが真相でしょう」(JBC関係者)
もしJBCが経営破綻した場合、日本ボクシング界が機能不全に陥る可能性も高い。タイトルマッチを含め、プロボクシングを認定する団体がなくなるのだから、興行のための管理が不可能となり、試合開催すら危ぶまれる事態にまで発展することも危惧されている。選手視点で考えるなら、公式戦ができなくなることも考えられるのだ。
もっとも、JBCの組織としてのガバナンスに関しては、以前から疑問の声が多かった。先出のJBC関係者が続ける。
「協会内には、権力闘争の結果、2つの派閥が生まれています。ひとつは現体制である、秋山弘志理事長、浦谷信彰事務局長のライン。もうひとつは、前事務局長である安河内剛氏の派閥です。安河内氏は11年に、本当に存在したかどうかもわからない“不正経理”の責任を負うかたちで辞職に追い込まれましたが、その後、裁判を経てJBCに復帰した経緯があります。現在、実質的なトップである秋山氏は、安河内氏を毛嫌いしています。そういった内紛騒動に加え、元職員からの訴訟や和解金でプール金は急激に減りました。これらのお金も、本来であれば支出する必要がなかったものです。過去にはJBCとは別の新コミッション設立の動きも内部から起きたほどです。こういった多くの問題が重なり、その象徴的な出来事のひとつとして亀田裁判は捉えられています」
もっとも、13年当時はJBCに対して疑問を呈する声は決して大きくなかった。それは、ボクシングメディアを含め、多くのメディアが亀田側に対してネガティブな記事を配信し、それに付随する格好で世論も誘導されたという側面もあるだろう。
実際、亀田サイドの弁護を務める北村晴男弁護士は「個人的に今回の判決をボクシングメディアがどう報じるかに注目している。報じなければ、マスコミの名前を名乗ることが正しいといえるのか」と発言している。
協会や管轄団体に対して都合の悪い記事を書くと、いわゆる“締め出し”を食らったり、取材パスが支給されないというのは、日本のスポーツ界に根深く残る風習である。そういったメディアと協会の体質により、問題の本質が正しく理解されなかった面もあり、本件に関しては、メデイアの罪も大きいといえる。
一連の騒動で亀田興毅、大毅らはJBCの処分のために日本のリングに立つことなく引退している。今回に限れば、亀田家は被害者であるという見方が妥当だ。あくまでボクサーの権利を守るための団体であるはずのJBCが、元世界チャンピオンの未来を奪ったという点は、あらためて再考されるべきだ。
「責任のある方が辞任することが、改革に向けて何よりも重要なこと。信頼回復の第一歩」
亀田興毅はこう述べて、JBCに対して上層部の辞任を求めている。このまま現体制のままで問題を風化させるのか。ボクシング界の未来を占う上でも、JBCの対応に関心が集まっている。
(文=中村俊明/スポーツジャーナリスト)