日本で最初に振り込み詐欺を
始めた男』(光文社)
今年6月東京で、これまでには考えられないような“オレオレ詐欺”が発生した。それは、あたかも“オレオレ詐欺の新時代”を告げるかのような、非常に巧妙に仕組まれたものだった。事の経緯をつぶさに追ってみよう。
「車上荒らしにあって、鞄を盗まれた。携帯電話も鞄の中に入っていたので、今は病院のPHSを使っている。携帯電話を新しくするまで、このPHSで連絡を取ることになる。実は鞄の中には病院の書類が入っていた。その中には、医療事故の書類も入っている。これがマスコミに漏れると大変なことになる」
都内で病院を経営する裕福な経営者の夫人に、息子と名乗る男から上記のような電話がかかってきたのは、6月の中旬だった。
夫人は息子の不始末に動揺し、すぐに現金を振り込むことにする。振り込みが可能か問い合わせを受けた金融機関では、10万円を超える金額を振り込むためには、振込先の病院の謄本が必要である旨を説明し、振り込みを断った。
すると、夫人は、「息子名義で振り込んで欲しい」と依頼。30分ほど後に夫人は現金400万円を持参して、金融機関に来店した。
夫人はこの金融機関にとっては、超優良取引先であり、来店時には常に管理職が応接室で対応を行っていた。この時も、いつもどおりに支店長が応対にあたった。息子への多額の現金の振り込みを不審に思った支店長は、理由を尋ねると、夫人はうつむきかげんで小さな声で、「医療ミスの関係で……」と答える。
60歳手前であり、良識をわきまえた夫人の言葉に、よほど明かせない理由があるのだろうと思った支店長は振り込みの手続きを行った。ここから、この新たな“オレオレ詐欺劇”の過激さは度を増していく。
4日後、再び、同じ金融機関に夫人が現金400万円を持参して来店する。この時には次長が応対し、理由を尋ねたが夫人からは同様の理由が述べられ、追加資金として400万円が振り込まれた。
翌日、夫人が来店し、普通預金から200万円を振り込んで欲しい、と依頼し、同様に振込手続きがとられた。そのまた翌日も、夫人は400万円の現金を持参し振り込みを依してきたという。その上、帰り際、夫人は「午後に自宅に集金に来て欲しい」と依頼する。次長が自宅を訪ねると、振込資金として300万円の現金を預かった。
この事件が新たな展開を見せたのは、2日後だった。夫人が息子の勤務する長野の病院を訪ね、息子本人に確認したところ、すべてが詐欺であることが明らかになった。一連の振込による被害額は1700万円。そのほかにも、別の金融機関から300万円を行っていたことが判明し、被害総額は2000万円にのぼった。