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元リクルート伝説の女性MGR 小原瑞穂氏(株式会社Hooray代表取締役)インタビュー(1)

リクルート元社員が語る「強さの秘訣は、徹底した現場主義」

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『リクルート式 1人1000万の利益を
生む人の創り方』
(PHP研究所/小原瑞穂)
 1960年、森ビル屋上の仮設事務所で江副浩正氏が創業し、学生新聞専門の広告代理店業からスタートしたリクルート。日本経済の発展とともに、新卒の就職情報だけでなく、転職、住宅、海外旅行、自動車などの多くの分野で情報誌ビジネスを展開。90年代には、いち早くネットを活用した新卒採用サイト「リクナビ」を開始。

 そのほかにも、「ホットペッパー」「R25」「じゃらん」「ゼクシィ」など、無数のメディアを世に送り出し、リクルートスタッフィング、リクルートエージェントといった人材会社をはじめ、100社以上のグループ企業を持つ。

 もはや、日本の産業界にとって不可欠な存在であるとともに、そこから多くの“卒業生”を輩出し、起業家をはじめ、あらゆる分野に人材を送り込んでいる「人材輩出企業」との異名を持つ。そして13年には、上場を視野に入れている、まさに“イケイケ企業”である。

 そんなリクルートで、最速でマネージャーになり、在籍中は何十回もMVPや年間最優秀経営者賞等を総ナメにしてきた伝説の女性。現在は経営コンサルティング会社Hooray(http://hooray1.com)の代表取締役を務めるのが、小原瑞穂氏だ。

『リクルート式 1人1000万の利益を生む人の創り方』(PHP研究所)という著書も持つ小原氏に、

「等身大のリクルートとは、どのような企業なのか?」
「リクルートの強さの秘密とは?」
「採用/教育方法とは?」

について、聞いた。

――小原さんが入社された1988年当時のリクルートは、どのような企業だったのでしょうか?

小原瑞穂氏(以下、小原) 入社したその年の6月に「リクルート事件」が起こりました。それから2006年まで在籍しました。入社当時はリクルートといっても、あまり有名ではありませんでした。やはり一般に知名度が上がったのは「リクルート事件」によるものです。

 というのも、当時は大学生向けの就職情報誌事業がメインで、書店にあるような消費者向けの製品を扱っていたわけでなく、CMも打っていませんでしたから。むしろ、「人をボロ雑巾になるまで働かせる」と学生間では噂されていました。そんなことで親世代からはあまり評判の良い会社ではなかったですね。

――小原さんは、なぜそんな会社に入られたのですか?

小原 私は奨学金をもらって高校・大学を出ましたので、卒業と同時に500万近い借金を背負うことになったのです。当時のリクルーターから「リクルートは給料が良い。その額なら2、3年で返済できるよ」と口説かれた(笑)。当時、男女雇用機会均等法はありましたが、実際には、まだ機能しておらず、男性と同じ働き方、給与と考えると選択肢はそうなかったのも事実です。

――そのような理由の人は多かったのですか?

『リクルート式 1人1000万の利益を生む人の創り方』


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