「あなたのためを思って」「どちらの側にも問題があるんじゃないの?」そんな風に言われて、それ以上話が続けられなくなってしまった……。そんな、モヤモヤした経験はだれしもあるだろう。
実はそのような言葉たちは、「カクレ悪意」「カンチガイ善意」から発せられていることが多いらしい。
私たちをモヤモヤさせる言葉たちを社会学者が解説した『10代から知っておきたい あなたを閉じこめる「ずるい言葉」』(森山至貴著、WAVE出版刊)という一冊を紹介しよう。
本書は、ある一つの言葉を、会話例→筆者による解説→抜け出すための考え方→関連用語という構成で説明していく。特筆すべきは、解説の視野の広さだ。解説では会話例の中で発せられた「ずるい言葉」にどういう意図が隠されているのかを説明するのだが、自分の言動や考え方を振り返る良い機会となる。たとえ普段から無神経な発言をしないよう気を付けている人が読んでも、「ははあ、ここがずるいという意味かな」「あれ、話が広がってきたぞ」「ここまで考えたことはなかった……」という具合に、もしかしたら、いつの間にか正座をしているかもしれない。関連用語では「パターナリズム」等、まさにぴったりくるけども10代では普通出合わないであろう用語が紹介されている。
では、どんな「ずるい言葉」があるのか。いくつか見ていこう。
「あなたのためを思って言っているんだよ」
中学生の女の子が「高校に入学したらダンス部に入りたい」と母親に言っている。しかし、母親は「大学受験もある。部活動なんてやっている暇はない」と反対。女の子は「勉強だけがすべてじゃないって昔言ってたのに、ずるい」と食い下がると、母親は「とにかくダメなものはダメ。あなたのためを思って言っているんだよ」と一言。
諭されるときによく言われる「あなたのためを思って」。自分のためを思って言ってくれているはずなのに、嫌な気持ちになるのはなぜだろうか。
それは、「あなたのため」と言っておきながら「自分のため」成分が含まれているからというケースや、本当に「あなたのため」になるとは限らないケースなどがある。しかし、それは大きな問題ではない。
この言葉の厄介な部分は、「あなたのため」の根拠が提示されない限り、ただ相手の行動をしばろうとしているだけになってしまうということだ。「あなたのために言っているのだから、あなたに納得してもらう必要はない」という心理が浮かび上がるのだ。
もし、「あなたのためを思って言っている」と言われたら、「どうして私のためになるの?」と聞き返してみよう。誠実な人ならばきちんと説明してくれるはずだ。「どちらの側にも問題があるんじゃないの?」
ある生徒が、教師から「宿題を提出していない」と一方的に怒られた。生徒はカチンときて「ちゃんと確認して!」と大声で言い返した。宿題は提出されていたが、教師は謝らなかった。そんな話を聞いて、別の生徒が「どちらの側にも問題があるんじゃないの? お互いどなり合ったわけだし」と言った。
モヤモヤするエピソードだ。あきらかに教師が悪いのに、どうして「どちらの側にも問題がある」となるのか。
この「どちらの側にも問題があるんじゃないの?」という言葉には、教師が一方的に怒り、それに生徒が対抗したという順番が無視され、どなり合ったという結論のみにフォーカスされている背景が見える。できごとの順番が正しさを決める基準にはならないが、どちらが正しいかを判断するためには「ことの経緯」はなくてはならない材料ではある。
つまり、別の生徒は、どちらの立場が正しいかを考えずに、この言葉を発してしまっている。そこにあるのは、「何もせずに(どちらにもつかず)自分を正しく見せたい」という心理だ。しかし、その実像は「なにもしない、特に正しくもない人」なのである。
「はっきり言わないあなたが悪い」
クラスメイトと父親の話題になったとき、黙ったら「ノリが悪い」と言われたという女子生徒。男子生徒が「なんで黙っていたの?」と聞くと、実は女子生徒の両親は離婚していて、母親と暮らしているからだった。それに対して男性生徒が放ったのが「はっきり言わないあなたが悪いよ」という言葉だ。
他人に話したくない話題はいくつもある。また相手によっても話したいかどうかは異なるだろう。特にこの女子生徒のケースは、繊細な話題で、信頼していない人には話しにくい内容だ。こうした本人が傷つきかねない話題に関する責任が、傷つけられかねない立場の人に押し付けられているのが、この「はっきり言わないあなたが悪い」という言葉である。
大切なことは、「はっきり言わないあなたが悪い」と言うのではなく、相手に「この人には打ち明けても大丈夫だ」と思ってもらえるようになること。このケースは、著者の研究領域であるLGBTと関連しており、関連用語として「カミングアウト」があげられている。
「やってみればそのよさがわかるよ」
男子生徒が友人に、高校では部活動をやらないつもりだと伝えた。驚く友人に対して、男子生徒が「サッカーのジュニアユースチームに入ることを目指している」と言うと、友人は「部活動ってみんながやるものだし、やってみればそのよさがわかるよ」と返した。
確かに「やってみればそのよさがわかる」かもしれない。しかし、男子生徒には確固としてやりたいことがあるのにもかかわらず、別のことをさせようとしてしまっているのが、この言葉の「ずるい」ポイントだ。また、友人はジュニアユースチームよりも部活動に肩入れしており、その前提に基づいてそれとなく誘導している。そこに気付くと、言われた側は嫌な気持ちになってしまう。
もう1つポイントをあげると、「よさ」を担保しているのが「みんなもやっている」という点になっていることだ。人は「多くの人がやっていることのほうが優れている」という前提に立つことが多いが、必ずしもそうではない。「みんながやること」だから自分もやる必要はないのだ。
いかがだろうか。ずるい言葉に対して一つ一つ丁寧にその背景にあるものを解説していく著者の森山至貴氏は、社会学、クィア・スタディーズを専門としている研究者。クィア・スタディーズとはあらゆるセクシャルマイノリティを対象とする研究分野のことで、差別や偏見などとも密接に絡んでいる。
本書を読み通してみると、これまでの人生の中で言われたことがある言葉が必ず出てくるだろう。反論できなかったり、何かモヤモヤしたりしてしまうずるい言葉たちを、どう受け止め、どう対処すべきかが書かれている。
「10代から知っておきたい」というタイトルにある通り、10代はもちろんのこと、自分がそういう言葉を発しないように大人まで幅広い層に読んでほしい一冊だ。(新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。