『進撃の巨人』、韓国で異例の大ブーム&社会現象化のワケと裏側~日韓同時放送も
新人作家・諫山創によって2009年から別冊少年マガジン(講談社)で連載中の人気コミック『進撃の巨人』。単行本は現在11巻まで発売。各種漫画賞レースを総なめにし、累計発行部数2000万部を超える大人気作だ。13年4月からはテレビアニメ化がスタートし、14年には実写映画化も予定されている。現在、日本で絶大なる支持を得ているこの作品が、韓国でも大ブームを巻き起こしているのだ。
異例の日韓同時放送
アニメ『進撃の巨人』は、とどまるところを知らない人気ぶりである。第1話がTOKYO MXテレビで放映された4月7日、韓国最大のポータルサイト・NAVERでは「進撃の巨人」がリアルタイム検索キーワードランキングで1位になった。日本での放映だったにもかかわらず、韓国のファンたちの間ではアニメがどんな仕上がりなのかがTwitterやFacebookで話題となり、「早く韓国でも見たい!」などの期待が集められたのだ。
そんな関心の高さに応えるかのごとく、それから3日後の4月10日にはアニメ『進撃の巨人』の韓国内版権を持つ日本アニメ専門チャンネル「アニプラス」で第1話が放映。たった3日のタイムラグでのオンエアは異例ともいえる。
しかし、この3日のタイムラグすら耐えられず待ちきれないという要望が「アニプラス」に殺到。抗議にも近いその熱い要望に驚いたアニプラスは、第10話からTOKYO MXでの放送時刻とまったく同じ毎週日曜日午後11時30分という「日韓同時進行」で放映を行っている。韓国では98年から順次、日本の大衆文化のオンエアを開放してきたが、「日韓同時進行」は珍しい。それだけ『進撃の巨人』人気が凄まじいことを物語っている。
それだけではない。話題の主題歌「紅蓮の弓矢」が収録されたLinked Horizonのシングル『自由への進撃』も、日韓ほぼ同じ時期に発売。澤野弘之によるオリジナルサウンドトラック(OST)も正式発売された。いくら日本のアニメが人気とはいえ、主題歌やOSTまでほぼ同時に発売されることは、韓国ではめったにないことだ。
「WEB TOON」と呼ばれるインターネット上の漫画が市場を占領し、紙の漫画がまったく売れなくなった韓国で、11年から正式翻訳出版されているコミックスも35万部以上の売り上げを記録。漫画では異例の総合ベストセラー・ランキングで4位まで上がった点も、その人気の高さを物語る。
社会現象まで引き起こす
まさに、日本はもちろん、韓国でも“快進撃”を巻き起こしている『進撃の巨人』。日本発のアニメが、日本と同時期に韓国でも盛り上がり、社会現象にまでなるのは、とても珍しい。もともと韓国の若者たちの中には、日本の漫画やアニメ・ゲームのようなサブカルチャーを好む“トクフ”(日本の“オタク”と同じ意味)が潜在的に多いとされてきたが、『進撃の巨人』は“トクフ”だけじゃなく、流行に敏感な小・中・高校生や20・30代はもちろん、中年世代からも「一度見てみたい」という声が増えているほどだ。韓国では19歳未満視聴禁止の指定を受けている『進撃の巨人』だが、そのことを気にする人もほとんどいない。極端な話、まるでジブリ作品のような大作として扱われる不思議な現象が起きている。
それどころか、作品の設定やタイトルからアイディアを得たパロディもあふれている。MBC放送の人気バラエティ番組『無限挑戦』では、怪力を誇るとある番組レギュラーのことを巨人に例えて「進撃の○○」と名付けたり、新聞の4コマ漫画では元大統領府代弁人をこれまた巨人として風刺したりなど、韓国では最近「進撃の○○」「○○の巨人」という造語を、よく目と耳にするようになった。
これまで韓国では「進撃」という単語そのものが日常的にあまり使われない単語だったが、その独特な語感を日常に持ち込むことで面白さを感じている人々が増えているのだ。
釜山に暮らす20代の男性はこう語る。
「職場で営業成績が良い者がいると“進撃の○○”と呼んだりするし、態度が横柄だったり、図体がでかいと“釜山の巨人”というあだ名がつく。ネットにもいろんなパロディ動画が上がっているので、それを真似てみたり。話題は尽きませんよ」
実際、TwitterやFacebookといったSNSやブログ上では、『進撃の巨人』に関する話題が後を絶たない。キャラクターの役割と秘密、巨人の正体、どんな結末なのかについてのネタバレや推測、解釈も活発に行われている。作品の地名、キャラクター名などが北欧の神話と似ていることを細かく分析したり、「抑圧されている人類は、長い不景気によって無気力になった日本人を象徴する」という主張など、作品をめぐって、さまざまな解釈ができるのも、多くの韓国人がこの作品に熱狂する理由の一つである。
その一方で、10年に原作者の諫山創のブログが波紋を呼んだ。作品中のキャラクターであるピクシス司令のモデルが、日本騎兵の父といわれた旧陸軍軍人秋山好古で、彼を尊敬するといったコメントや、ミカサというヒロインの名前の由来は戦艦「三笠」からだという点を挙げて、「諫山の政治的性向が右傾している」「軍国主義的な話なので見てはいけない」と主張する人たちも出てきた。挙げ句の果てには今年6月、反日感情むき出しにした韓国人読者が、諫山のブログを荒らす事件も起きた。明るい未来を語ろうとする作品に、過去の話を押し付けて足を引っ張るのは残念なことだが、それはこの作品が韓国でもたくさんのファンに支持を得ていて、大きく注目されている証拠でもある。
人間は、巨人よりもっと偉大な存在
ある映画評論家は、ケーブルテレビ番組で『進撃の巨人』を称賛し、「政治的に解釈せずに、純粋な漫画として、作品自体を楽しむべきだ」と主張。また、大衆文化評論家たちは、「圧倒的な巨人の存在とちっぽけな人間の死を見ると、人間の尊厳を疑うようになる。その気持ち悪さは我々の不安と恐怖に似ている」「若者たちがこの作品に感情を移入する理由は、巨人を不安な未来に見立て、自分たちも戦おうとする気持ちになるから」など、作品に対するさまざまな意見を出しながら人気の理由を探っている。
「巨人の正体についてのミステリアスな設定こそが、この作品の一番の人気要素であり、巨人は何にでも例えられるカオスな存在だからこそ、この作品が大きな力を持つ」という分析もある。
確かに『進撃の巨人』の世界の中で生きる人類は、閉塞感に苦しみ、絶望的かのようにも映る。それは今の日本と韓国が置かれた政治・経済・社会的状況と似ており、現実の問題が投影されていると言えなくもない。
ただ、個人的に共感を覚え、日本のファンたちにお伝えしたいのは、文化評論家として韓国で有名なムンガン・ヒョンジュン氏の分析と提言である。
「人間は巨人になれるけど、意志のない巨人は巨人以上にはなれない。だったら、人間は巨人よりもっと偉大な存在ではないか」
一見すると謎かけのように思える言葉だが、『進撃の巨人』には誰もが忘れがちな“人間の尊厳”が隠れ潜んでいる。
日本人や韓国人に限らず、誰もが一度ぐらいは蟻を指でブチュッとつぶした経験があると思う。その瞬間、蟻にとっては人間が巨人であり、理解不能な存在だったはずだ。『進撃の巨人』を見ていると、そんな哲学的なことまで考えてしまうのは、韓国人だけではあるまい。
外の世界に対する好奇心と強い意志を持つ主人公・エレンの生き様は、人間として生まれたからには家畜とは違う何かを、すなわち自分なりの革命をなすべきだと言っているようでもある。もしかすると、その静かだが強烈なテーマ性こそが、『進撃の巨人』が日本はおろか韓国でも支持される理由なのかもしれない。
まだまだ先が長い『進撃の巨人』。展開によっては韓国での評価は変わるかもしれないが、とりあえず今は日韓両国の楽しめる作品が誕生したことを素直に喜びながら、その行く末を見守っていきたい。
(文=李ハナ)