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泥のEM団子は環境を汚染するゴミ? 海や川の水質浄化、生態系復元のウソ

文=六本木博之
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泥のEM団子は環境を汚染するゴミ? 海や川の水質浄化、生態系復元のウソの画像1「Thinkstock」より
 本格的なの到来を告げるような青空が広がった7月15日、海の日。日本各地の海岸や河川などで、海川に向かって泥を固めて乾燥させた、団子のようなものを投げ込む人たちがいた。遊び盛りの子どもたちばかりではない。いい年をした大人たちも子どもと一緒になり、泥団子をや川に次から次へと投げ込んでいるのだ。

 彼らが投げ込む泥団子は、それだけで海や川の水質を浄化し、生態系を復元するといわれているものだ。そんなことが本当にあり得るのだろうか? 謎の泥団子の正体は、一体なんなのか? 

EM団子は投げ込むだけで生態系を変える?

 イベントで、子どもから大人まで、嬉々として海川に投げ込む泥団子。一見すれば、ただ海や川を汚しているだけにしか見えなくもない。だが、彼らは海や川の水質を改善しようと一生懸命に頑張っているというのだ。

 彼らが投げ込んでいるのは「EM団子」だ。もともとはEM菌(Effective Microorganisms)と呼ばれる土壌改良を目的に開発された有用微生物群の技術を応用したもので、その微生物群を米のとぎ汁や糖蜜に混ぜて発酵させたEM活性液などを、泥に練り込んで団子にし、さらに乾燥・発酵させたものだという。

 この日に開催されたイベントは「NPO法人 地球環境・共生ネットワーク(U-ネット)」という団体が呼び掛け、各地のボランティア団体などが参加した「第4回全国一斉浄化活動イベント」だ。同団体は2010年以降、海の日を「EMの日」と称して、このイベントを開催してきた。ホームページの説明によれば、12年度のイベントでは全国401団体、2万2000人以上が参加し、「EM団子55万5485個、EM活性液62万4888Lを投入」したという。

 こうしたイベントは、海の日に限らず、さらに日本各地で開かれている。7月28日に東京の「名橋『日本橋』保存会」が主催した「第41回名橋『日本橋』を洗う会」でも、橋の清掃後、同様に「EM団子」が神田川に投げ入れられている。また、全国各地の環境イベントのみならず、学校の総合学習の一環でも、同様の泥団子投入が実施されている。実際にいくつもの学校で、児童・生徒が参加するプール清掃において、このEM活性液が使われているという事例は多々ある。

 このEM団子は、汚泥のたまった海や河川などに投入するだけで、堆積したヘドロを発酵・分解し、元の生態系に戻すことができるというのだ。最近ではなんと、EM菌が口蹄疫等の対策や放射能の除去までできるという主張すらあるという。

 水質浄化にとどまらず、深刻な被害をもたらす伝染病や放射能にまで効果を発揮するとされるEM菌。それが本当であれば万能の環境対策になり得そうだが、ただそこにあるというだけで生態系にまで作用してしまうとなると、ちょっと恐ろしくもある。まるで『テラフォーマーズ』(集英社)の苔か、『宇宙戦艦ヤマト』(讀賣テレビ)のガミラスの遊星爆弾の微生物版だ。

 だが、疑似科学問題に詳しい菊池誠・大阪大学サイバーメディアセンター教授はこう断言する。

「EM団子で河川や海の環境を浄化するという説に対しては、“ない!”としか言えません。ちょっと考えてもありそうにないし、否定的なデータがいくつも出ています。まして口蹄疫や放射能に対して特殊な効力を持っているなどということはあり得ません」

あらゆる環境で特定の働きを示すわけではない

 そもそもこの泥団子の素となったEM菌とは何か?

 EM菌とは1982年、当時琉球大学農学部教授を務めていた比嘉照夫氏が開発した、乳酸菌や酵母、光合成細菌を主体とする微生物資材を指す。だが、どの菌や微生物がどの程度の比率で配合されているかなど、詳しいことは公表されていない。ちなみに先のU-ネットは現在、比嘉氏が理事長を務めている団体だ。

 EM菌の名前は、生ゴミ処理機に使われる微生物資材として、一般の人にもなじみがあることだろう。生ゴミを分解・発酵させて堆肥(コンポスト)化する際に特定の微生物が役立つという話はよく知られている。さらに、水藻やプランクトンを分解する働きをもつ微生物も多く存在するため、そうした微生物を使って海や川の水質を改善するという発想は理解しやすいかもしれない。

 だが、事はそう単純ではない。「生ゴミの処理と海や川をきれいにすることの間には、なんの関係もありません」と菊池教授は言う。

 小さな生ゴミ処理機の中で効率的に有機物を分解・発酵させる働きがあるとしても、それがそのまま海や川の中でも再現されるというものではない。微生物の働き方は環境によってまったく異なるもの。生ゴミ処理機は微生物が効率的に活動できる条件を整えているのだ。まったく条件の異なる海や川に投げ込んでおけば、ヘドロや汚染物質を浄化してくれるというものではない。さらに、EM菌を投入するような海や川は、常に水が流動しているのだ。そのような環境で、果たして現実にはどれだけの効果が上がるのだろうか? 

 環境省では、EM菌を河川などに投入した場合の効果について、客観的なデータを把握していないとの立場で、現時点ではEM団子投入について明確な判断を下していない。だが、03年には広島県保健環境センターの行った水質浄化効果判定試験で、効果が見られなかったとの報告もなされている。その他にも多くの研究者が、EM菌の効果について否定的・懐疑的な立場を採っている。

雑菌をばらまき、水質汚濁の原因となる

 つまるところ、EM団子による環境浄化効果は実証されていないといえるだろう。それどころか、EM団子の投入が、かえって環境汚染の原因となる可能性も指摘されている。

 08年3月には福島県環境センターが「高濃度の有機物が含まれる微生物資材を、河川や湖沼に投入すれば汚濁源となる」と見解を公表した。これは、「EM団子そのものを、環境を汚染するゴミであると認定したのと同じ」(菊池教授)ことになる。

 例えば、発酵を司る乳酸菌であろうと、体内で体調を整えてくれるような善玉菌であろうと、人間の意図に反して増殖した微生物は、ただの「雑菌」でしかない。微生物に水質浄化の働きがあるとしても、きちんと管理できない環境で「雑菌」をまき散らすのは、環境を汚染する行為なのだ。

 そもそも泥団子の材料であるEM活性液は、栄養豊富な有機物だ。以前から、家庭で米のとぎ汁をそのまま下水に流すことが、河川や海を「富栄養化」して水質を汚染するという危険が語られているが、EM菌もそれと同じだ。EM活性液に含まれるリンや窒素が原因となり、プランクトンの増殖や赤潮・アオコ等を発生させる可能性は十分にある。
【参考リンク:http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/water/attachement/H19-panf.pdf

 また、閉鎖系の小さな沼や水槽にEM活性液を投入した場合、好気性の微生物が水中の酸素を取り込んでしまうため、魚が酸欠状態になる可能性もあるのだ。ネットでは、メダカを飼っている水槽にEM活性液を投入したら、メダカが浮かび上がってしまったという書き込みもあった。だとすれば、効果がないどころの話ではない。生態系に重大な影響を及ぼしかねない事態に陥るだろう。

 先の海の日のEM菌投入イベントの一環として、神奈川県藤沢市の蓮沼でもEM団子の投入が予定されていた。だが、この蓮沼は藤沢メダカという希少種の生息地だったため、関係者から反対する声が上がった。最終的に、EM団子の投入は中止されたという。

目的は手段を正当化しない

 結果的に環境汚染を招きかねないEM団子の投入イベントだが、参加している人は基本的に、環境に対する意識も高く、良かれと思ってやっている人ばかりだ。ただし問題は、「環境に良い」という主催者側の主張だけを信用してしまうことにある。

 開発者である比嘉氏らは、実際にEM団子の投入によって河川が浄化されたと主張している。だが、河川の環境保全活動を行っているのは彼らだけではない。確かに80年代、90年代に比べれば、多くの河川で水質は劇的に向上している。だが、下水や浄水施設などのインフラも整備され、多くの団体が日常的に清掃活動や環境美化活動を実施している。そうした条件を無視して、EM菌が河川を浄化したと断定することはできない。

 環境に対するEM菌の効果は、いまだに実証されていない。だが、その状態のまま、EM団子関連のイベントは、各地の環境ボランティア団体や一部の教育関係者の間に広まっている。 実証のないままのEM団子やEM活性液を海や川に投入することは、本来の目的に反しているのではないだろうか?

 それよりもむしろ、河川の浚渫やゴミ拾いなどによる周辺環境の浄化などのほうが確実な効果が期待できる。プールやビオトープの清掃作業でも、EM団子をただ投げ込むよりも、モップなどできれいにした方が効果もわかりやすいだろう。そうした地道な作業を避け、EM団子投入だけで環境浄化が可能だと考えるなら、いささか虫のいい話に思えてならない。

「目的は手段を正当化する」と言ったのは、ルネッサンス期のイタリア政治思想家ニッコロ・マキャヴェッリだが、環境活動においてこの言葉は通用しない。

 目的は手段を正当化しないし、ましてや目的の崇高さだけで環境が浄化できるなどと考えてはいけない。環境浄化には科学的な検証が不可欠だ。たとえどんな崇高な理念をもって行った活動であっても、手段が間違っていたら、その結果は最悪なものにもなりかねないのだ。
(文=六本木博之/フリーライター)

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