東京湾に「汚い」などのマイナスイメージを抱いている人も多いかもしれない。確かに、工業廃水や生活排水による水質汚濁、ごみ処分のための埋め立てなどで、人間は東京湾を汚してきた。東京湾の漁獲量を見ると、1960年の19万トンをピークに激減し、今では2万トンにまで落ち込んでいる。
こういった現実もあるが、「どっこい、東京湾は本当にすごいんです」と述べるのは、『都会の里海 東京湾』(中央公論新社刊)の著者であり、海洋環境専門家の木村尚氏である。
実は東京湾は豊かな生態系を形成している。内湾は水深約15メートルと比較的浅い海なのに対して、外湾は600メートル。多摩川水系、荒川水系の河川の豊かな水が流れ込み、東京湾外からの海水と混ざり合い、豊富なプランクトンを生み出している。そのため、東京湾で見つかった魚の種類は約700種。近年になり、水質の浄化、排水規制、下水道・下水処理現場整備が進み、干潟や藻場の再生、住民の環境意識の向上などにより、東京湾は見違えるように美しくなってきている。しかし、まだまだ改善点はあり、美しく豊かになったとは言えない。
本書では、かつて「死の海」と呼ばれた東京湾のとりまく環境はどう変わってきたのか、どんな課題を抱えているのか、東京湾の豊かさとその実態を紹介しているのだ。
■東京湾再生のカギはどこにある?
東京湾自体の環境は格段によくなり、水質だけでいえば「きれい」といえる。それでも減っていった魚介類が一向に戻る兆しを見せなかった。では、東京湾をよみがえらせるのはどうしたらいいのか。著者の主張からポイントを2つ取り出そう。
1.つながりを意識する
川と海は、一見すると別の場所であり、別々の組織の管理下におかれてしまえば、その瞬間、そこに人間側での関心や管理の隙間が生まれてしまう。これこそが生き物たちを絶滅に追いやった理由なのではないかと木村氏は述べる。東京湾は、淡水と海水の交わる区域である汽水域が、生き物にとってはとても重要な場所であり、人間の活動の影響で大きくダメージを受けやすい場所。そのため、この汽水域の再生が海にとって重要なのだ。
2.現実的な形で環境を整える
近年の研究では、干潟だけでなく、同時に海草藻場や浅場をも増やさない限り、いくら水がきれいになっても生き物が増加しない、というのが定説になりつつある。人工的に干潟をつくってしまうというのも、かなり効果があり、環境改善の大前提として、干潟を増やすことが重要となる。
これらの他にも、「文化を伝えて守る」「見守り続ける」「海で遊んで、親しむ」ということで、減っていった魚介類も増えていくという。水質がきれいになっただけでは、魚は増えない。さまざまな要因が重なって、豊かな生態系は作り出されていくのだ。
本書の巻末には、日本テレビの枡太一アナと木村氏の「エコライフ・フェア2015」での生物多様性対談の様子を収録。枡アナは、大学時代にアサリを研究し、2014年には『理系アナ桝太一の 生物部な毎日』(岩波ジュニア新書)を出版し、生物オタクとしても知られている。
1970年代、「死の海」と呼ばれるほど汚れていた東京湾。2016年となった今、どんな生き物がいて、どんな課題を抱えているのか。東京湾の今を読むことができる1冊だ。
(新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。