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東京、埋もれた内部被ばくを示唆するデータ 放射線量と放射性物質濃度が一時ピークに

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作成:山田國廣・京都精華大学名誉教授
 2011年3月15日午前10時、東京にはおびただしい種類の放射性物質が一気に降り注いでいた――。東京電力福島第一原発事故による東京都内の放射能汚染について、京都精華大学の山田國廣名誉教授(環境学)が一般にはあまり知られていない公的な測定データを掘り起こし、独自に分析。放射線量と放射性物質濃度が極めて短時間、かつ同時にピークを迎えていたことを明らかにした。「その時間帯に屋内、屋外のどちらにいたかで内部被ばくの影響がまったく違うだろう」といった教訓を、今後の原発事故の避難計画などに生かすべきだと呼び掛けている。


●3月15日10時台に降り注いだ「テルル」系核種

 山田名誉教授は福島の福島市や郡山市、飯舘村などで住民参加による除染を試行しながら、原発事故直後の初期被ばくについてあらためて研究。福島と比較するために東京の情報を収集したところ、ある研究機関のデータに行き着いた。東京都立産業技術研究センター(産技研、本部・江東区)が11年3月13日から測定していた大気浮遊塵(じん)中の放射性物質濃度などのデータだ。

 産技研は世田谷区にあった旧駒沢支所の敷地内で、集塵装置の濾(ろ)紙を用いて大気中の塵(ちり)をピーク時には1時間ごとに捕集し、ゲルマニウム半導体検出器でガンマ線を計測。高濃度だった3月15日分は日本分析センターに委託してベータ線核種の放射能濃度も測定していた。

 それによれば、福島第一原発1、3号機の爆発を経て2号機も状態が悪化していた15日は、午前3時台にヨウ素、テルル、セシウムなどの放射性物質を12核種、大気1立方メートル当たり計41.6ベクレル検出。数値は午前7時台から急上昇して9時台に261.2ベクレル、10時台にピークの1205ベクレルに達した。

 このとき最も多かった放射性核種はテルル132で390ベクレル、次いでヨウ素132の280ベクレルだった。

 テルル132は半減期が約3日で、ベータ線を出しながらさらに半減期が2.3時間と短いヨウ素132に変わる。つまり両者は「親子関係」にあり、次々とベータ崩壊をして別の放射性物質に変わっていく。データによれば、15日10時前後はこの「親子」が東京に降り注いだ放射性物質の半分以上を占めている。

 山田名誉教授は「初期被ばくといえばヨウ素131(半減期約8日)とお決まりのように言われていたが、それ以前にテルル132、ヨウ素132にも注目しなければならず、実際に東京の大気中にあったのはその両者が大半だということがわかった。これは非常に重大な事実だ」と指摘する。

●「安全」強調、縦割り態勢で生じた「死角」

 このデータについて、元都環境局職員で廃棄物処分場問題全国ネットワーク共同代表の藤原寿和氏は「東京方面にホットスポット(放射線量の高い場所)が生じたときに、都内でこれほど詳細なデータがとられていたとは知らなかった。埋もれていた貴重なデータであることは間違いなく、詳しく解析する必要があるのではないか」と話す。なぜこれほどのデータが「埋もれて」しまっていたのか。