なにが、サイボウズの離職率を下げる原動力になったのだろうか。去る6月25日、PwCあらた監査法人が都内で開いたセミナーで、青野氏は実情を明かした。
青野氏は、自らを「ITベンチャーを立ち上げたぐらいなので、ワーカホリックの類いの人間です。職場で死ねたら本望という感じで、夜も布団の中でパソコンの画面を見ながらまぶたが落ちる瞬間が、私にとってはエクスタシー」と自嘲気味に語る。
1997年の創業以降、同社の年間離職率は15~20%で推移してきた。この水準は、ITベンチャーでは決して珍しくない。
「ITベンチャーの平均離職率は20%ぐらいなので、『こんなもんだろう』と、さほど気にしていませんでした。“弱肉強食のITベンチャーで、残業しないで帰るのはあり得ないよね”とも思っていました」(青野氏)
社員が終電で帰宅するのも、会議室に寝泊まりするのも、休日出勤するのも、ごく当たり前の光景だった。青野氏は、こうした就労環境を「特に悪いと思っていませんでした」と語るが、社長に就任した05年に異常事態が発生する。前述の通り、離職率が28%に跳ね上がったのだ。
離職者が発生すれば、代わりに人材を補充しなければならないが、採用にはコストも時間もかかる上、採用後も教育コストが発生する。「離職率を下げたほうが、経済合理性に合致するのではないか」という問題意識が、青野氏が離職率改善に取り組むきっかけになった。
そこで、青野氏はいくつかの手を打つ。退職を申し出た社員に対して「給料が不満なら、上げてあげる」「仕事が不満なら、別の仕事に変えてあげるよ」などと説得を試みた。しかし、効果はなく、いくら引き留めても社員はどんどん辞めていった。
青野氏を変えた、ある社員の変貌
なぜ、人は辞めるのか。青野氏が真剣に考え始めた時、ある男性社員がこう話した。
「青野さん。私、そろそろサイボウズを辞めようと思います」
青野氏は昇給などを提案しようとしたが、あえて口にしなかった。引き留め工作は「自分を騙しながらやっているようで、気分が悪かった」ので、あえて開き直ったのだ。よく考えると、サイボウズの職場環境は劣悪で、退職者が続くのも仕方ない。そう思った青野氏は、以下のように返した。
「君が辞めるのも、仕方ないよな。毎日楽しく働けていないようだから、ここで辞めるのは良い決断だよな」
すると、男性社員からは以下のような反応があった。