「ほかの社員は引き留めたのに、どうして私を引き留めないんですか?」
「なんで引き留めないといけないんだ? 君の人生を考えているから引き留めないのだ」
その日のやりとりはこれで終わったが、翌日、その社員は再び青野氏の元を訪れてこう言った。
「私は別にサイボウズを辞めたいわけではなく、この部署の問題が解決されないから、すごくストレスを感じていて、だから『辞めたい』と言ったのです」
彼には彼なりの夢があり、そのために「部署をこうしたい」という希望があったが、それが無理だとわかり、心が折れて辞めると言いだしたのだ。それに気づいた青野氏は、「その問題を一緒に解決しようじゃないか」と申し出て、その場を収めた。
これを機に、その社員は人が変わったように働くようになり、翌年には全社員の投票で決定するMVPにも輝いた。給料を上げず、担当業務も変えていないのに、人はこれだけモチベーションを高めることができるのか。青野氏はこの変貌に衝撃を受け、ひとつの答えにたどり着いた。
「モチベーションは、人によって違うということです。私のモチベーションはまぶたが落ちるまで働くことですが、こういう人は少ないでしょう。『自分は仕事と生活のバランスを考えたい』『子供が生まれたので、家庭を中心にしたい』という人もいれば、『こんな仕事をして、お客様に喜ばれたい』『こんな技術を極めたい』という人もいるはずです。一人ひとりの夢が違うのに、ひとつに統合しようとすると、疲弊が生まれてしまうのかなと思います」(同)
異例の人事制度を導入
青野氏は、考え方を転換した。辞める社員を引き留めるのではなく、残った社員の夢をかなえられる会社にしようと方針を定め、人事制度を見直した。新たな人事制度の方針は「100人いれば、100通りの人事制度があってよい」というものだ。
例えば、「今の人事制度では楽しく働けない」と思う社員には、「では、あなた用の人事制度を作りましょう」と提案する。青野氏は、「人事制度は変えるものではなく、足すものである」という発想に立った。
異なる夢を持つ人たちを同じ評価軸で計るのは不自然で、一人ひとりが楽しければいいと考えた。つまり、公平性より個性の重視を優先させたのである。
その柱になったのが、選択型人事制度である。労働時間と働く場所を軸に「会社で長時間働く」「会社以外の自由な場所で長時間働く」「会社で短時間働く」「自宅で長時間働く」「自由な場所で短時間働く」など、9パターンのワークスタイルを用意して、各自がライフスタイルに合わせて選択できるようにした。