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いちファンが見た、若すぎたセンターの4年間【後編】

平手友梨奈はワガママだったのか?大人に支配されるな、と大人に歌わされた欅坂46の真実

文=ガリバー
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 2020年1月23日に突然の脱退発表がなされ、ソロアーティスト・女優として歩み始めた、元欅坂46の平手友梨奈。2015年11月からの4年間の彼女のアイドル人生を、アイドル評論家・ガリバーが語り倒す。前編ではデビュー以降の彼女の足跡をたどり、後編ではそれを受けてのガリバー氏の論考を掲載していく。(【前編】はこちら

平手友梨奈はワガママだったのか?大人に支配されるな、と大人に歌わされた欅坂46の真実の画像1
平手友梨奈の現在の公式サイトトップページ(2020年4月6日現在)

常に予測不能なエンターテイメント

 “予測不能なもの”が魅力的に輝くためには、“安定したもの”がそれと同時に存在することが非常に重要である。“予測不能な”平手友梨奈を擁する欅坂46にとって、その“安定したもの”とはすなわち、乃木坂46であった。

 欅坂46に相対するものとしては、けやき坂46(ひらがなけやき・現日向坂46)がしばしば挙げられてきた。すなわち、欅坂46が月だとすれば、けやき坂46は太陽なのであると。

 しかし筆者は、現在の日本の女性アイドルグループの頂点に君臨しながら、しかも欅坂46の最も身近に存在する乃木坂46こそがそれなのだと強調しておきたい。乃木坂46が常に「安定」を担保した健全なエンターテインメントを提供しているからこそ、欅坂46は成立し得ているのである。アイドルという存在のなかにある、非常に刹那的で不安定な部分を乃木坂46が排除ししかも成功し得たからこそ、そこから排除された期待がすべて欅坂46に向けられた――ということだ。少女たちに不安定性を求めることは理不尽なのかもしれない。しかし以上の視点に立てば、欅坂46は、そもそもの成り立ちからして、“不安定性”という運命を背負っていたともいえる。

平手友梨奈はワガママだったのか?大人に支配されるな、と大人に歌わされた欅坂46の真実の画像2
2012年2月22日にソニー・ミュージックレコーズより発売された乃木坂46のデビューシングル「ぐるぐるカーテン」通常版ジャケット。

常にギリギリの、崖っぷちのステージ

 そのような不安定性を抱えたまま、まさに彼女たちは予測不能のステージを見せてくれていた。それは他のどんなメジャーアイドルグループにも似ないものであり、またそもそも安易に模倣すべきようなものでもなかったであろう。

 その中心に屹立していた平手友梨奈の身を削るようなパフォーマンスに、筆者は何度胸をわしづかみにされたかわからない。と同時に、グループの仲間と笑顔で戯れる年相応の姿を垣間見ることも多かった。思えば、その中間というものがない人であった。常に0か100か。

 欅坂46のステージをその日その会場でしか観られない人にとっては、平手友梨奈が「0」であった場に居合わせたとすればなんとも不運ではないか、という意見もあろう。しかし、かといってその「0」の平手友梨奈が「悪」なのではない。それもまた平手のその時の生き様としてステージに反映され、それがエンターテインメントとして十分に成立しているからこそ、欅坂46のパフォーマンスは魅力的だったのだ。単にフリが揃っているだとか笑顔ではないとかそういった評価は、平手と、彼女が所属したグループの評価を従来のアイドル像に押し込めるだけのものでしかないだろう。

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