スカイマークに危険信号、搭乗率が破綻時の水準に…上場キャンセル、鮮やかな復活に変調の画像1
2014年、スカイマーク客室乗務員のミニスカ制服が議論を呼んだ(写真:東洋経済/アフロ)

 スカイマークは東京証券取引所への再上場の申請を取り下げた。今後については「事業環境や市場動向を見極めて判断するが、現時点では未定」としている。新型コロナウイルスの感染拡大による航空需要の急減で、世界的にエアラインの株価が下落している。

 スカイマークは1996年に設立。割安な料金で全日本空輸(ANA)や日本航空(JAL)に対抗する「第三極」を目指したが、大手の攻勢や欧州エアバスの超大型機「A380」の発注取り消しによるトラブルが響き、15年に民事再生法を申請。経営が破綻し上場廃止となった。経営再建にあたって投資ファンド、インテグラル(東京・千代田区)が50.1%、日本政策投資銀行と三井住友銀行が共同出資するファンドが33.4%、ANAホールディングス(HD)が16.5%出資した。政投銀出身の市江正彦氏が社長に就き、インテグラル代表の佐山展生会長と共に経営改革を進めてきた。

 使用する航空機の機種の統一や定時運航率の改善などをテコに業績を回復させ、19年3月期決算は4期連続の増収増益となった。売上高は前期比6%増の882億円、営業利益は0.8%増の72億円、純利益は30%増の91億円だった。

 中部国際空港―鹿児島、鹿児島―奄美といった新路線の展開や深夜便の導入により、搭乗者数は2%増の738万人となった。燃料費の高騰(約23%増)の影響で営業利益は微増にとどまったが、為替差益(10億円)が寄与し、純利益は2ケタの増益となった。19年10月、東証に再上場を申請。今春をめどに上場を目指していた。11月29日、同社初の国際定期便を成田空港からサイパンに向け就航した。

 再上場に備えて経営体制を変更。20年2月、市江社長が退任し、同社顧問の洞駿(ほら・はやお)氏が社長に就いた。洞氏は運輸省(現国土交通省)出身。航空局長などを歴任後、全日空で副社長を務め、18年にスカイマークの顧問となった。

 国際線を成長戦略の柱に据えた。小型機を投入して競合の少ないニッチ路線を中心に国際線を増強する方針。新たな航空機の候補として米ボーイング社の小型旅客機「737MAX」を検討していたが、同機の運航停止により後継機の選定が難航している。上場に向けての準備や機材の選定が洞新体制の経営課題となる。

新型コロナによる航空需要の急減で55%を減便

 新型コロナウイルスの感染拡大による航空需要の急減で、世界の航空各社は大幅減便を強いられた。ANAは国際線を約55%減便する。JALもアジア路線に加え、成田―ニューヨーク、バンクーバーなど米大陸路線の運休を決めた。

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