コロナ騒動下、株主総会の季節を迎えた。会社側と株主である投資ファンドとの攻防が恒例となり、今年も両者が対決の火花を散らした。各社は株主総会後、金融庁所管のEDINETに総会での議決権の結果を開示する。ファンドと攻防を繰り広げた企業の議決権の結果を分析する。
キリンHDは「多角化をやめろ」の株主提案に対し、会社側が圧勝
「多角化をやめ、ビールに集中せよ」。キリンホールディングス(HD、12月決算会社)の定時株主総会は注目度が高かった。約2%の株式を保有する英投資運用会社フランチャイズ・パートナーズ(FP)が提出した株主提案をめぐっての攻防だった。
株主提案は大きく分けて2つ。1つはビール事業への集中。医薬品事業や2019年に資本提携した化粧品大手、ファンケルの保有株などを売却し、それを原資に最大6000億円の自社株買いをするよう求めた。もう1つの柱がガバナンスの強化。FPが推薦する人物を役員に選任し、取締役のインセンティブ報酬の比重を増やすことを要求した。
キリンHDが株主提案を受けたのは、キリンビールとして創業した1907年以来、初めてのことだ。キリン側は「ビール離れ」のなかで、多角化路線は不可欠だと主張した。自社株買いの株主提案について、国内外の機関投資家に影響力をもつ米議決権行使助言会社のインスティテューショナル・シェアホールダー・サービシーズ(ISS)やグラスルイスを味方につけた。
株主提案に、どのくらいの賛成が集まるかが焦点だった。キリンHDが3月27日に開いた株主総会でFPは完敗した。FPが提案した第6号議案(自己株式の取得の件)の賛成比率は8.40%にとどまった。FPの提案は「過激」「極端」と映ったようで、反対は91.4%にのぼった(0.2%は棄権)。
FPは2人の取締役の選任を求めた(第9号議案)。1人はニコラス・E・ベネシュ氏。JPモルガン出身で、M&Aアドバイザリー会社を設立。金融庁主催のコーポレートガバナンス連絡会議の委員を務め、コーポレートガバナンス・コード制定の提案者でもある。もう1人は英製薬大手グラクソ・スミスクライン日本法人の元社長、菊池加奈子氏。賛成率はベネシュ氏が35.62%、菊池氏が20.00%。ともに否決された。キリンHDの磯崎功典社長の賛成比率は95.18%。医薬品や健康食品に力を入れる磯崎路線が株主から信任された。キリンHDの圧勝であった。
芝浦機械は助言会社を味方につけ旧村上ファンドを撃退
東芝機械は4月1日に芝浦機械(3月決算会社)として再出発した。社名から「東芝」の2文字を外し、新たなスタートを切ろうとした矢先に、投資家の村上世彰氏が関与する旧村上ファンド系の投資会社にTOB(株式公開買い付け)を仕掛けられた。TOBに強く反発した東芝機械は3月27日に臨時株主総会を開き、買収防衛策の導入と、その発動の是非を問うた。
第1号議案(買収防衛策導入の件)は賛成率62.18%で可決。第2号議案(新株予約権無償割当の件)は同62.25%で、こちらも会社側の提案通りになった。買収防衛策の導入は経営陣の保身につながるとして反対する機関投資家が多い。当初は、可決できるのか微妙とみられていた。
ISSが買収防衛策の導入と発動について賛成を推奨したことで勝負がついた。旧村上ファンド側は、ISSが買収防衛策の賛成を推奨したことに「驚きとショックを感じている」と落胆を示した。旧村上ファンド系と全面対立するなか、東芝機械は突如、社長が交代した。2月21日、三上高弘社長が代表権のない取締役に退いた。旧村上ファンド系との対応に当たってきた坂元繁友副社長を社長に昇格させ、総会シフトを敷いた。
坂元氏は助言会社や国内外の機関投資家に総会工作を進めた。坂元氏は3月27日の臨時株主総会直前に、3月24日付「東洋経済オンライン」のインタビューに応じ、票読みの結果、「総会で3分の2以上をとり圧勝する」と早々と“勝利宣言”をした。外国投資家に影響があるISSが賛成を推奨したこと、村上ファンド系を除くと筆頭株主になる世界最大の資産運用会社、ブラックロックグループ(約5%を保有)が会社提案に賛同したことを勝因に挙げた。
ISSはなぜ芝浦機械の提案に賛成したのか。坂元氏は「東洋経済」でこう語った。
<今回の買収防衛策は、村上グループのみにターゲットを絞って期間を(6月の定時株主総会後に開かれる最初の取締役会までに)限定し、なおかつ株主総会に問うこと条件にしているからだ。例外的で、しかも一時的な対抗策であることで賛同してくれた>
作戦勝ちというわけだ。
サン電子では株主提案で取締役を4人解任
株主側の提案が勝利したのは、ジャスダック上場のパチンコ制御基板メーカー、サン電子(3月決算会社)である。同社は4月8日、愛知県江南市で臨時株主総会を開いた。アクティビスト(物言う株主)として知られる香港のファンド、オアシス・マネジメント(株式の9.2%を保有)が出していた取締役4人の解任と新たな5人の取締役選任を求める株主提案が、過半数の支持を得て可決された。オアシスの株主提案が日本で通ったのは初めてのことである。
株主提案・第3号議案(取締役4名解任の件)
・山口正則(前社長) 賛成率73.17%(可決)
・山岸 栄(エンターテメンイン事業部門統括) 賛成率69.79%(可決)
・山本 泰(財務部門最高責任者) 賛成率71.42%(可決)
・入部直之(社外取締役) 賛成率70.29%(可決)
株主提案第4号議案(取締役3名の選任の件)
・ヨナタン・ドミニツ(英国の公認会計士) 賛成率66.11%(可決)
・ヤコブ・ズリッカ(イスラエル資格の弁護士) 賛成率66.16%(可決)
・ヤニブ・バルディ(エンタープライズ業界の起業家) 賛成率67.77%(可決)
会社提案第1号議案(取締役1名の選任の件)
・辻野晃一郎(元グーグル日本法人社長) 反対率68.24%(否決)
会社提案第2号議案(取締役2名の選任の件)
・内海龍輔(創業家出身) 賛成率92.65%(可決)
・岩田彰(名古屋工業大学名誉教授) 賛成率92.80%(可決)
選任された取締役9人のうち、オアシスが推薦する5人(会社提案の内海氏など2人を含む)が新任され、事実上、オアシス側が経営の主導権を握った。オアシスとの対立点はサン電子の売上高の約7割を稼ぐイスラエルの子会社、セレブライトの評価についてだった。携帯電話からデータを抽出したり、復元したりできる犯罪捜査機器を製造しており、米国を中心に100カ国以上の捜査機関などを顧客に持つ。売上高は10年間で約7倍に増えた。
イスラエルの子会社は急成長しているが、サン電子は新規事業への過大な投資がたたり、2020年3月期の連結最終損益は40億円の赤字。4期連続の赤字になる見通しだ。オアシスはセレブ社の企業価値が1500億円超にのぼると試算。それにもかかわらず、サン電子の時価総額は300億円台に低迷しているのは現経営陣の責任と主張。経営陣の交代を株主提案した。
過半の株主がオアシスの株主提案に賛同した。会計事務所出身でサン電子のコンサルタントから社長になった木村好己氏は6月の定時株主総会をどう打開しようとしているのか。最大のヤマ場を迎える。
(文=編集部)