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藤和彦「日本と世界の先を読む」

米国と中国、軍事衝突想定の演習を活発化…中国、弾道ミサイル“グアムキラー”連射

文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員
米国と中国、軍事衝突想定の演習を活発化…中国、弾道ミサイル“グアムキラー”連射の画像1
米国ホワイトハウスのツイッターより

 キッシンジャー元米国務長官(97歳)は10月7日、エコノミック・クラブ・オブ・ニューヨーク主催のバーチャル討論会で「緊張を増す米中間の競争にはルールの構築が必要であり、そうしなければ第一次世界大戦前の国際政治に見られた不確実性が再び生じる恐れがある」と警告を発した。

 キッシンジャー氏は、「旧ソ連に対抗するバランスの構築」という戦略目標から、米中の国交正常化のために尽力した人物である。ニクソン政権で国務長官を務め、1972年の冷戦開始後初の歴史的な首脳会談をお膳立てしたことは有名である。突然の「ニクソン訪中」に当時の日本は大いに驚いた。この首脳会談を契機に米中協力がスタートしたが、冷戦崩壊後、2つの大国は経済面の関係を緊密化させ、現在に至っている。

 ニクソン政権で中国との関係改善の流れをつくったキッシンジャー氏だが、「地政学的状況を大きく変えたテクノロジーの進歩が、米中新冷戦の要因である」として、懸念を表明する事態に至ったのは隔世の感がある。

 トランプ政権はすでに「ニクソン氏が始めた路線は間違いだった」と考えるようになっている。ポンペオ国務長官は今年7月、リチャード・ニクソン大統領図書館・博物館で行った「中国共産主義と自由世界の未来」という演説の中で「習近平国家主席が夢見る『中国の世紀』ではなく、自由な21世紀を手にしたいなら、中国に闇雲に関与するという古い枠組みではそれを実現することはできない」と述べている。

第1次世界大戦時の状況と類似

 米中は、このところ多くの問題で対立するようになっている。2年前の「貿易戦争」に始まり、その後、テクノロジーや金融分野にも波及している。中国との緊張が高まるなかで、米国は中国企業が自製できない「核心技術」の輸出を停止する動きを拡大する可能性がある。中国メディアによれば、その数は25種類に及ぶ。現在問題になっている半導体生産技術に加え、ロボットアルゴリズム・航空機エンジン・中型ガスタービン・燃料電池・超精密研磨技術など多岐にわたっており、これらの技術の多くは、米国、日本、ドイツ企業が供給している。

 トランプ政権は、安全保障上の懸念から中国のデジタル決済サービスを提供するアリペイやウィーチャットペイを規制することも検討している(10月8日付ブルームバーグ)。だが対立は、ポンペオ演説が示すとおり、イデオロギーのレベルにまで達している。

 現在の状況が第一次世界大戦と類似しているのは、大国間の経済的依存が高かったにもかかわらず、軍拡競争が生じていることである、当時の大国は英国とドイツだった。英国のドイツへの経済的依存度は、現在の米国の中国依存度以上に高かったが、ドイツの軍事力増強を容認することができなかった。20年以上にわたり軍拡を続ける中国に対し、米国の「堪忍袋」の緒も切れてしまったのだろう。

 米ソ冷戦と比較すると、米国と中国との間に軍と軍の関係を調整するルートが構築されておらず、かつての米ソ間のように抑止のメカニズムが機能する保障はない。10月2日付サウスチャイナモーニングポストによれば、中国軍事科学院の何雷中将は「朝鮮戦争で中国は劣悪な装備で優秀な装備を持った米国を追い払うことができた。中国は十分に米国に勝てる」と主張して、愛国主義の結集に乗り出したという。大統領選挙の結果にかかわらず、今後数年にわたり非常に危険な時期となるとの予測が専門家の間で広まっている。

南シナ海での米中間の対立

 安全保障の面でのホットイシューは台湾である。米国は台湾に対し、70億ドル相当の武器を売却することを決定すると、中国は台湾海峡での軍事演習を行い、中国メディアは「人民解放軍は数時間で台湾の軍事施設を壊滅することができる」と恫喝した。台湾の蔡英文総統が10月10日、中国政府との対話を呼びかけると、環球時報は「蔡は世界を騙そうとしている。ここ数カ月で中台間の戦争の危険が急激に高まっている」と報じた。

 南シナ海でも米中間の対立が深刻化している。軍事演習の数では中国が優勢であるが、戦略レベルの軍事バランスでは米国がなお優位のようである(9月19日付日本経済新聞)。米軍は8月中旬、中国が最終兵器とみなす潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)搭載の戦略原子力潜水艦の基地をSNS上で公表した。「有事になれば、中国の潜水艦は逃げ帰る場所がなくなる」との強烈なメッセージを送られた中国側は、その後逆上したかのように「グアムキラー(中距離弾道ミサイル)」や「空母キラー」などを連射したが、米国に対する有効な反撃にはならなかったという経緯がある。

 米海軍が10月7日、南シナ海で「大量死傷者演習」を実施したことを受け、中国側も10月20日から軍事衝突による負傷者の海上救助演習を実施するとの情報がある。

 南シナ海の地政学リスクが高まるにつれて、同海域のシーレーンに悪影響が及んでいる。9月29日付ラジオ・フリー・アジアは、「各国の商業船舶が、南シナ海北部のパラセル諸島や南部のスプラトリー諸島周辺を通過する場合、中国の人工埋め立て地を回避している」と報じた。南シナ海を通過する商品の規模は約5兆ドル(世界の貿易額の約3分の1)に上っており、日本経済にも今後影響が出てくる懸念が生じている。

 安全保障面でも日本は対岸の火事ではいられない。豪州の専門家は9月29日、「中国と戦う能力を向上させるために、『一帯一路』に加わるニュージーランドの代わりに日本を『ファイブ・アイズ(米国、英国、カナダ、豪州、ニュージーランドからなる機密情報共有の枠組み)』を参加させるべきである」との論文を掲載した。

 キッシンジャー氏の警告は、日本が今後も米国と中国双方と良好な関係を維持していくことは不可能になりつつあることを意味しているのである。

(文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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