中国人民解放軍が8月26日、内陸の青海省と沿岸の浙江省のミサイル基地から南シナ海に向けて、4発の弾道ミサイルを発射した。
中国共産党の軍隊である人民解放軍は、5つの「戦区」に分かれている。そのうち、浙江省は東部戦区、青海省は西部戦区に属している。南シナ海・東シナ海侵略自体は、広東省広州市に司令部がある南部戦区が主に受け持っている。
したがって、このミサイル攻撃は戦区をまたいで総合的に攻撃を仕掛けたものになる。対中南シナ海防衛にとって、この弾道ミサイル発射の意味は重要である。
浙江省から発射された「DF21D」は、“空母キラー”と呼ばれる射程500キロの対艦弾道ミサイルで、地上のミサイル基地から戦艦を攻撃するミサイルである。一方、青海省から発射された「DF26」は別名“グアムキラー”と呼ばれる射程4000キロの中距離弾道ミサイルである。これは主にグアムにある米軍基地を狙い撃ちするために配備されていると考えられている。
つまり、この示威的なミサイル発射は、南シナ海にいる米軍艦隊を浙江省から狙い撃ちすると同時に、青海省からの中距離ミサイルでグアム基地を破壊して、南シナ海の空母打撃軍を不能に陥らせるということを示唆している。わざわざ内陸の青海省から弾道ミサイルを撃っていることに、人民解放軍の不気味な覚悟を感じてしまう。
グアムキラーについては、レーダーに映りにくいステルス性がある上に、短時間で発射されるためにアメリカ軍側に有効な対抗策がないといわれている。中国の人工島がある南シナ海のほか、台湾や尖閣諸島において、ミサイル攻撃に関しては人民解放軍が米軍より圧倒的に有利に展開していると考えざるを得ない。
尖閣諸島も風前の灯
尖閣諸島周辺に中国の漁船が侵入するのは、かつては月に数回程度だったが、船が大型化して高波でも侵入できるようになると頻度が増えて、今や火器を備える中国海警局(日本の海上保安庁にあたる)の船が毎日、侵入している状態である。
現状は「日本の領海に中国船が侵入している」ではなく、「中国の制海域に日本の領土がある状態」に近いだろう。
しかも、中国海警局は2018年に、国務院(日本の内閣にあたる)から人民解放軍の下部組織へと配置換えされている。つまり、対外的には海警局のままであるが、実質的には軍の船であると考えなければならない。
現在は中国の海警局と日本の海上保安庁が対立しているが、あたかも小型戦艦と巡視船がにらみ合うような非対称な対立である。もちろん、日本の海上保安庁側が圧倒的に不利だ。
さらに、現在は尖閣諸島周辺を狙ったミサイルを中国側は沿岸に配備し、海警船に戦闘機が支援するかたちで連動して飛んでおり、船と飛行機とミサイルという総合的な戦略を進めている。現況だけを見ると、日本側が圧倒的に不利であると言わざるを得ない。
ただし、日本側も対策は打っている。4月1日に沖縄県警が「国境離島警備隊」を配備し、日本も人民解放軍の尖閣諸島への上陸阻止に動いている。国境離島警備隊は151人態勢で、大型ヘリも所有して、自動小銃やサブマシンガンなども装備している本格的な武装警察部隊である。ほかの都道府県警から集めるほか、おそらくSAT(特殊部隊)からも派遣されているのではないかと考えられる。救護隊も備えているので、上陸阻止には火器を使い、怪我人をただちに救護することを想定していると考えられる。万全とはいえないものの、日本側も打てる手は打とうとしている。
ここまで聞くと、「なぜ海上自衛隊を配備しないのか」という疑問が湧いてくる向きもあるだろう。なにしろ上記のように尖閣諸島周辺を脅かしているのは、表向きは「中国海警局の船」であるが、現実には人民解放軍の戦艦である。当然のこと、それに対抗するには海上自衛隊が戦艦を出すべきだろうというのは、当然の主張だろう。
だが、日本は「尖閣諸島に領土問題は存在しない」という立場をとっており、このことは現代のところ広く認められている。もし尖閣諸島防衛に自衛隊を出せば、「領土問題がある」と認めたことにもなりかねず、紛争地域に指定される可能性がゼロとはいえないのである。
そうなれば、対立の末に「喧嘩両成敗」で尖閣諸島の一部が中国領と認められる恐れもある。もしかしたら人民解放軍側は、日本が海上自衛隊を出すのを待って、紛争地域へと一気に格上げしようとしているのかもしれない。
そのため、少なくとも当面は「偽装漁民の上陸阻止」に絞って防衛していくしかないだろう。
米軍の安全保障体制の変化
アメリカのエスパー国防長官は、5月4日のシンクタンクにおける講演で、DFE(Dynamic Force Employment「動的戦力運用」)の必要性と効果の高さを訴えた。
DFEは、これまでの基地中心で固定化された部隊配備から、相手が予想できないように神出鬼没に部隊を運用することを指している。即応性を重視して配備を固定化せず、同盟国と連携しながら相手の裏をかいて攻撃するという考え方だ。平たく言うと、基地中心の部隊を、本土からの運用中心に変えることである。
米軍は4月に、グアム基地に配備していた戦略爆撃機をアメリカ本土から展開するかたちに変更しており、DFE体制はすでに進んでいる。
2001年に同時多発テロ(911テロ)が起こったことで、アメリカ本土を守れていないことが露呈したことで、本土防衛もひとつの課題になっているうえに、世界に散らばる米軍基地の負担も重くのしかかっている。
「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ大統領の登場で、米軍基地の縮小・撤退が進められようとしており、さらに新型コロナウイルス感染拡大で空母が十全に運用しにくい状況になっている。それらを補うものとして採用されたのがDFEである。
これは日本の安全保障にとって好ましいことではない。米軍基地が朝鮮半島から撤退すれば、北朝鮮のみならず朝鮮半島から中国への牽制ができなくなる。さらに沖縄基地まで撤退されると、人民解放軍にとっては「尖閣に上陸すると沖縄から即座に米軍が出てきて全面対決になる」という具体的な抑止力が大幅に低下してしまう。
いかにエスパー国防長官にDFEの有効性を説かれようと、米軍基地の有無は日本の安全保障にとって重大な問題であることに変わりはない。私たちは尖閣、そして沖縄が中国の手に落ちないためにも、在日米軍基地をしっかり守っていかなければならない。
日本がやらなければならないこと
人民解放軍が露骨に尖閣諸島を狙っているこの危機に際して、日本がやらなければならないことは、次の3つに集約されると考える。
(1)米軍と自衛隊の連携強化
(2)ミサイル防衛の強化
(3)敵基地攻撃能力の保有
中国の軍事的侵略に際しては、(1)すみやかな米軍との連携で対抗するしかない。そのためには、定期的な合同演習が重要であることは言うまでもない。
また、(2)のミサイル防衛は、イージス艦による弾道ミサイル防衛のほか、陸上に配備するイージスアショアやTHAADの配備が必要である。イージスアショアは6月に配備が中止されたが、それならばイージスアショアの配備方法を変える、廉価版のイージスアショア、THAADなど、ミサイル防衛の強化については引き続き検討すべきである。
現在、安全保障において議論となっているのが、(3)の敵基地攻撃能力である。敵基地攻撃の目的は、(2)のミサイル防衛である。ところが最近、リベラルメディアによって「相手がミサイルを撃つ前に撃つのなら、先制攻撃と同じで憲法違反だ」という不適切な議論を展開されている。
敵基地攻撃は、相手がミサイル攻撃することを察知したときにその基地に配備されているミサイルを破壊するために行われ、先制攻撃ではなく「先制的防衛」である。弾道ミサイルが日本に着弾すれば(特に核や細菌が搭載されている場合は)、大きな被害が出る。ミサイル迎撃だけではミサイル防衛に限界があるので、日本国民の命を守るためにも敵基地攻撃能力を保有する必要がある。
言うまでもなく、尖閣諸島の防衛強化においても敵基地攻撃能力は有効である。尖閣諸島近海を航行する海上保安庁戦が中国の弾道ミサイルに狙われている以上、それを制することは当然検討すべきである。
しかも、人民解放軍の弾道ミサイルを封じられるのであれば、尖閣諸島を含む日本防衛だけでなく、南シナ海防衛にとってもプラスになる。これは国際貢献の面でも重要だろう。
なお、これらはすべて「北朝鮮のミサイル攻撃に備えて」と枕詞がついているが、日本の最大の仮想敵が中国であるのは言うべくもない。ただ、経済的に深い関係もあって、表立って仮想敵だと言えない状態にある。だが「北朝鮮」だけで敵基地攻撃能力保有で国内世論をまとめるのは容易なことではない。今後は「日本を中国から守るには何をすべきか」を表に出して議論すべきだろう。
リベラルマスコミが仕掛ける倫理性を表に出した“議論のための議論”に陥ることを避け、日本人の国土と命を守るためには何をすべきかを議論していくべきだ。
(文=白川司/ジャーナリスト、翻訳家)