全日本空輸(ANA)を傘下に持つANAホールディングス(HD)は10月27日、大型機を中心とした機材の削減など事業構造改革を発表した。目玉は中距離国際線LCC(格安航空会社)を「第3のブランド」として就航させることだ。
航空機事業は低コストのLCC事業を強化する。国内路線の一部をANAと傘下のピーチ・アビエーションで分担する。2023年3月期をメドに子会社のエアージャパンを活用した東南アジアやオーストラリアなどを結ぶ中距離の国際線LCCブランドを新たに立ち上げる。300席クラスのボーイング787型機を使い、観光需要の取り込みを図る。ピーチも新機材のエアバスA321LRを使った国際線の中距離路線を計画しており、重複する可能性がある。
ANAHDの片野坂真哉社長は記者会見で、「日本人観光客と訪日客の双方の需要が強いところを狙う」と説明した。ピーチの国際線はインバウンドに大きく依存してきたが、新LCCは日本人客もターゲットにする。そのため、新LCCの拠点は成田空港とし、関西空港を最大の拠点とするピーチとは別の道を行く。「競合が起きないように路線選択も含めてマーケティングを組み立てる」(片野坂社長)としている。
「パイロットは外国からの派遣を想定している」と述べ、需要変動に対応しやすいビジネスモデルを示唆した。人件費を需要に応じて調整するために客室乗務員も契約社員が中心になるとみられている。正社員中心のピーチとは違った経営モデルを導入する。
ANAHDは、フルサービスの「プレミアムエアライン」はビジネス客に的を絞る。ピーチは小型機を使い、台湾や香港など片道4時間以内の近距離中心のLCCとして、観光客中心に利用客を取り込む。
新LCCは中型機を使って中距離や長距離の観光客を担当する。フルサービスとLCCの中間的な位置づけとなる。当面の主戦場はアジア・オセアニア路線で、将来的にはハワイや米西海岸まで視野に入れているのだろう。というのも、日本航空(JAL)のジップエアトーキョーが日系LCC初の太平洋線路線の就航を目指しているからだ。ANAHDの新LCCはジップエアと競合することになる。
国内路線はANAとピーチが棲み分け
ANAとピーチが就航する路線はかなり重複している。これまで事前に、どの路線で運行するかなど、ANAとピーチが突っ込んだ話し合いをすることはなかった。とはいえ、ピーチはANAHDの構造改革を見越した動きをみせていた面がある。ピーチは国際線の運休で余った機材を活用し、10月25日に国内で最長路線となる新千歳-那覇線や那覇-仙台線を就航。さらに12月には初めて中部空港に乗り入れるなど地方路線網を拡大している。
ANAHDの事業構造改革で、国内路線をANAとピーチが分担することが明らかになった。その一環として、運航の規模を縮小しているANAの貨物輸送を補うかたちで、ピーチの機体で貨物輸送を始めた。その最初の便となったのが福岡空港発那覇空港行きの旅客機で、11月1日、生鮮食品などおよそ560キロの貨物を輸送した。
11月いっぱい、ピーチの福岡発那覇行きと、新千歳行きの1日あわせて3便での貨物輸送を続ける。12月からは成田空港を経由する国際貨物も展開し、グループ全体で貨物輸送を強化する。
貨物輸送はANAとピーチの連係の第1弾だ。今後はANAが縮小に向かう地方と地方を結ぶ路線をピーチが埋め、本格的な棲み分けを図ることになるだろう。
21年3月期は過去最大の5100億円の赤字見通し
ANAHDは2021年3月期の連結最終損益が過去最大となる5100億円の赤字(前期は276億円の黒字)になる見通しを発表した。リーマン・ショック直後の10年3月期(573億円の赤字)を大きく上回る。航空機の減損損失による特別損失1100億円を計上する。売上高は前期比62.5%減の7400億円と半分以下に減る。本業の儲けを示す営業損益は5050億円の赤字(前期は608億円の黒字)と予想した。
新型コロナウイルスの感染拡大で、ANAグループの上半期(4~9月)の旅客数は国内線が前年同期比79.8%減。国際線は各国の出入国規制が続いており同96.3%減だった。
21年3月末時点で、コロナ前の需要水準を100として、国際旅客は5割、国内旅客は7割にとどまるとみている。国際航空運送協会(IATA)は、世界の航空需要が19年の水準に戻るのは24年と予測しており、国際線の回復は望めない。
人件費を抑えるため、家電量販店のノジマや高級スーパーの成城石井など企業約10社に、12月までに約100人出向させる。出向の規模は来春には400人以上を見込む。保有する飛行機の早期退役などで固定費を減らす。人件費の抑制などと合わせて21年3月期に1500億円、22年同期に2500億円の削減を目指す。片野坂社長は会見で「(22年3月期は)あらゆる手を打ち、かならず黒字化を実現したい」と話した。
大型航空機投入による国際線拡大がコロナで完全に裏目に
日本航空(JAL)の21年3月期の連結最終損益は2300億円前後の赤字(前期は534億円の黒字)の見込み。ANAHDの5100億円の最終赤字額はJALの2.2倍だ。コロナだけが原因ではない。
JALは10年に経営破綻し、3500億円の公的資金の投入など国の支援を受けて再生した。政府は公平な競争環境を保つ観点から、羽田空港で新たに設けられた発着枠をANAHDに多く割り当てるなどANAHDを優遇した。「ANAHDは安倍銘柄」(永田町筋)と評せられたほどだ。
ANAHDは羽田の国際化という追い風を最大限に利用し、JALを突き放すべく国際線を増強。航空機および人員を増やすなど拡大路線をとってきた。企業体力を超える拡大路線は膨大な投資を伴う。経営破綻で債務を大幅に減免されたJALと比べると、ANAHDの有利子負債は4.7倍まで膨張した。腰が完全に伸び切ったこういう状況下を新型コロナウイルスが直撃。世界的規模で旅客数が大幅に減った。
会計基準が異なるため単純に比較できないが、ANAHDとJALを比較してみよう。ANAHDの21年3月中間期(4~9月)の連結決算(日本基準)の売上高は前年同期比72.4%減の2918億円、最終損益は1884億円の赤字(前期は567億円の黒字)。有利子負債(長短借入金+社債)は1兆3012億円だった。
一方、JALの21年3月期中間期の連結決算(国際会計基準)は、売上高にあたる売上収益は同74.0%減の1947億円、最終損益は1612億円の赤字(同541億円の黒字)。有利子負債(短期借入金+社債)は2774億円だ。
ANAHDはJALの4.7倍の有利子負債を抱えていることになる。ANAHDはインバウンドバブルに乗って、国際線の大型機種を導入してきたツケが回ってきたといえる。