新型コロナウイルス感染症の世界的流行で、甚大な損害を受けている全日本空輸(ANA)を傘下に持つANAホールディングス(HD)が事業構造改革案の一環として、同社社員をトヨタ自動車関連企業に出向させる方針を、読売新聞がスクープした。ANAHDは27日にも採用凍結などを盛り込む同事業改革案を発表する予定だが、出向対象者になるANA社員の不安もさることながら、受け入れ側のトヨタ関係者にも動揺が広がっている。
読売新聞は25日、記事『ANA、トヨタに社員出向受け入れ要請へ…3500人削減』で、ANAHDがトヨタ関連企業に対し、ANA社員の出向受け入れを要請することや、採用凍結などでグループ全体の社員を2022年度までに3500人削減する方針であることを明らかにした。ANAHDは21年3月期連結決算の最終利益が過去最悪の5000億円前後の赤字(前期276億円は赤字)となる見通し。21年度は800億円程度のコスト削減をはかるという。
部品メーカー「CAになんの仕事をやってもらえばいいのか……」
出向計画の全容は26日時点で明らかになっていないものの、減便などの影響を受けやすいグランドスタッフやキャビンアテンダント(CA)などの多くが対象になる可能性は高い。一方、受け入れ側のトヨタ関連会社には微妙な空気が広がっている。トヨタグループの大手部品メーカー関係者は次のように声を潜める。
「グループ上層部は知っていたのかもしれませんが、報道までまったく知りませんでした。いったい、どこにどんな人材が来るのか……。うちもいろんな業界の人を受け入れていますが、そもそも我々はサービス業ではなくメーカーです。
もちろん、営業企画分野にもそれなりに力を割いていますが、基本的にグループ内完結の特別な商慣習があるので、即戦力となれるかどうか……。例えばシートベルトのベルトアンカーひとつとっても高い専門性が求められます。もしCAさんやグランドスタッフさんが来たら、何の仕事をしてもらえばいいのか、パッと思いつきません。そもそも転勤を伴うような出向だった場合、ほんとうにうちに来てくれるのか、途中で辞めてしまうのではないか心配です」
別の同グループ関係者は次のように話す。
「トヨタグループ内ではこれまで非正規で働いていた従業員を正社員化するプランが進行しています。おおむね事務や営業補助などの分野が多いのですが、同分野はうちのみではなく、他社も『人手が不足している』ということはないでしょう。管理部門のオンライン化も進み、省力化が行われている昨今はなおさらです。
ライン工も、無期転用の動きがあるくらいです。どれくらいの期間、出向になるのかわかりませんが、ずっとお客さん扱いというわけにもいかないでしょう。英語など語学スキルは確かに重宝しますが、それは基本中の基本なので、とくにそれがプラスになるとは思えません。最低でも車に興味を持っている方が来てほしいところではあります」
一方、ディーラーは大歓迎?
一方、同グループのディーラー関連会社社員は次のように期待する。
「ANAさんの接客レベルの高さは国際的にも評価されています。皆さん身ぎれいですし、やはり、お客さんと接するうちのような会社でお受けするのがいいのではないかと思います。社風として、『社員は大きな家族』という部分があるので、排他的な声も出る可能性はありますが、一度、中に入ってしまえば社員に対してとことんまで親身になるのがトヨタグループです。ANAさんのノウハウを我々も学ぶきっかけになりますし、良い話だと思います」
社員の出向は「左遷」や「島流し」、「人員整理」の手段になりがちだが、本来の趣旨は送り出す企業、受け入れる企業、それぞれがWin-Winになることを目指すものだ。ANAの一手は、果たしてどちらなのだろうか。