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東京都、違法行為横行で学校図書館の民間委託見直しへ…違法性排除できず、コスト削減効果もなし

文=日向咲嗣/ジャーナリスト
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「Getty Images」より

 東京都教育委員会は、都立高校・学校図書館の民間委託を来年度から見直す方針を固めたことが、このほど関係者への取材でわかった。

 まだ予算案発表前のため詳細は不明だが、関係者によれば来年度からは新たに都立高校学校図書館の民間委託への転換は行わず、その部分については、学校司書を直接雇用とするための予算要求を盛り込むものとみられている(民間との契約も残しつつ、直接雇用で司書を補充する方針)。

 役所のあらゆる業務の民間委託が急速に進むなか、なぜ都教委は、たとえ一部分とはいえ学校図書館を直接雇用に戻す決断を下したのだろうか。

「現時点で違法性を完全に排除できないため、都立高校の学校図書館をこれ以上、民間に任せられないということです」

 そう話すのは、9月の東京都議会でこの問題を追及した都民ファーストの会の米川大二郎都議会議員(都市整備委員会委員長)だ。米川都議が問題視したのは、当サイトで昨年9月以来、数回にわたって報じた「偽装請負事件」だった。

都立高校の学校図書館で偽装請負が横行

 2011年度の19校から民間委託をスタートした都立高校の学校図書館。以来、年々委託校は増え続け、20年度現在、189校ある都立高校のうち128校の学校図書館が民間企業に委託されている。そんななか、昨年9月14日付当サイト記事『東京都、都立高校図書館で“偽装請負”蔓延か…労働局が調査、ノウハウない事業者に委託』で報じたのが、15年に起きた「都立高校・偽装請負事件」である。

 15年5月21日、東京労働局が偽装請負の疑いで都立農芸高校へ調査に入った。民間企業に委託していた学校図書館で、不適切な行為が行われているとの内部告発を受けての調査だった。

 受託した事業者が独立して業務を完結するのが「業務委託」。委託スタッフがクライアントの指示命令のもとに動くことができるのは、「労働者派遣事業」だけだ。その認可を受けていなければ、労働基準法違反、職業安定法違反に問われる。闇で労働者を派遣してピンハネする“手配師”と同じとみなされ、悪質なケースでは刑事告発の対象にもなる。

 当時の都立高校の現場では、委託スタッフ(司書)に学校側の教員が直接、指示命令を行っていた実態が違法と認定され、舛添要一都知事(当時)宛てに是正指導が行われるという前代未聞の不祥事だった。

 この労働局の指導をもとに都教委は、違法状態にならないように仕様書を改定し、現場へ細かい通達も行って、二度と違法行為を犯さないように対処したはずだった。

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15年7月29日に労働局長名で、東京都・舛添要一知事に出された是正指導書

 ところが、事件後も、思わぬ「闇」が潜んでいた。

 まず、偽装請負発覚前から受託した事業者が契約通りに司書を配置できない契約不履行が続出。都教委の指導担当部署は、そのつど受託者に始末書を提出させていたが、その後も不履行は続き、一向に改善される気配はみられなかった。

 それもそのはず。受託業者の大半は、図書館業務とは縁遠いビル管理業や清掃業、事務派遣業を本業とする異業種からの参入だったからだ。専門の司書を常時スタッフに抱えているところはなく、3月上旬に落札したあとに4月から勤務する司書を募集する泥縄方式。募集条件は、非正規で短時間のシフト勤務が中心。給与は最低賃金レベルというのだから、「民間の専門業者に依頼して、質の高いサービスを提供してもらう」という建前は、この事業がスタートしたときから“絵に描いた餅”にすぎなかったのだ。

 都は15~16年度に起きた不履行の委託金を後に返還させていたが、筆者が調べた範囲では、一部、不履行があったのに委託費返還されていない分も残っていた。

 17年度からは事業者の選定を、それまでの入札額のみで決まる「落札方式」から、技術点も加味した「総合評価方式」に変更。また、単年度契約から3年契約に順次移行し、委託費も完了した分のみ支払う単価契約に変えるなどの方策が取られて、とりあえず不祥事は根絶されたはずだった。

民間委託見直しの流れは自明の理

 ところが、米川都議の調査によって、その後も違法状態が依然として解消されていない実態が判明した。

 東京都が労働局の是正指導後に改定された仕様書では、二度と違法状態に陥らないよう緻密な規定が記載されていはずだったが、その仕様書には「抜け穴」が潜んでいたのだ。米川都議は、こう解説する。

「改定される前の仕様書では、学校側から指示命令を受けて現場の委託スタッフにその意向を伝える業務責任者は、委託会社の本社にいる社員でした。それが改定後は、まず『受託者』と呼ばれる委託会社の社員に現場を統括させ、そのうえで現場の委託スタッフのなかに技能・経験のある『業務責任者』を兼務するようにしました」

 そうすれば、クライアントの要望を直接聞ける業務責任者が常に学校図書館内にいることになり、学校側はいつでも業務責任者を通して要望を委託スタッフに伝えられる。

 野球にたとえれば、キャッチャーが監督を兼任するようなもの。プレイイングマネージャーとして管理業務と実務作業を明確に切り分けていれば、現場スタッフが業務責任者になることも可能になるという理屈だ。管理能力のない者を“名ばかり業務責任者”にして配置するのは、もちろん脱法行為だが、常時そうならないよう厳しく監視していれば、形式的には成り立たないこともない。

 ところが、このスキームには致命的な「落とし穴」が存在していた。米川都議が続ける。

都立高校の学校図書館では、午後は2人以上のスタッフの配置を求めているのですが、夜間に授業のある高校では午前や夜間の時間帯に1人になるシフトが必ずあるんです。受託現場に業務責任者を兼務する作業者が複数いればいいのですが、それが1人しかいない場合、作業に専念して労働者の管理はできません。そのため、その場合は業務責任者とはいえず、スタッフに直接指示命令を出すと偽装請負になると労働局は説明しています。そういうことは改定された仕様書ではまったく想定されていなかったのです」

 つまり、依然として違法状態は残ったままで東京都は委託会社と契約していたことになる。内部の人間が決定的な証拠一式を揃えて告発でもしないかぎり労働局が動くことはないため、多少の違法性があっても摘発には至らないとタカをくくりがちだが、東京都としては、15年に一度是正指導を受けている以上、いつまた同じことが繰り返されるとも限らない。常に“不発弾”を抱えている状態だともいえる。

 こうしたリスクを正しく認識して「教育現場で違法行為が認定されることなどあってはならない」との立場を取れば、民間委託の制度そのものを見直さざるを得ないとの結論に至るのは自明の理だったのかもしれない。

 都立高校でこのような偽装請負事件が起きた事実を東京都はこれまで一切公表せず、隠蔽した形になっていた。事件が発覚した15年は、文科省が学校図書館法を改正して学校司書の設置義務を定めた年。これにより、学校図書館に専任の司書を配置する事業が全国的に急速に普及しつつあったが、直接雇用ではなく民間委託で進めようとする自治体も続出していた。

 もし東京都が偽装請負事件を公表していたら、民間委託に急ブレーキがかかっていた可能性は高い。だが、都立高校の事件が表沙汰にならなかったため、違法性を意識しないまま野放図な委託が全国的に広がっていった。

 学校図書館の現場では、教員と学校司書が緊密に連携すればするほど教育効果は高まるといわれる。しかし、民間委託にすると偽装請負の違法状態に陥りかねないリスクがついてまわる。逆に、違法行為にならないよう学校側と司書の業務を完全に切り離すと、今度は現場で打ち合わせすらまともにできず、生徒への教育効果が極端に薄れてしまう。

 都立高校の偽装請負事件は、そうした二律背反した問題の存在がクローズアップされて、民間委託を再考するまたとないチャンスだった。それにもかかわらず、東京都が公表しなかったために、全国的に教育現場に違法性の無自覚な偽装請負が広がっていったといえる。

図書館の民間委託の大きな転換点になるか

 都立高校の民間委託見直しは全国の学校図書館のみならず、一部委託で運営されている公共図書館に与える影響も、決して小さくはないだろう。

 施設丸ごと運営を任され、トップの館長も民間の社員となる指定管理者ならば、偽装請負に陥るリスクは低い。だが、指定管理者ではない、一部業務のみ委託している図書館も多く、学校図書館と似たような状況だからだ。

 その点について「東京の図書館をもっとよくする会」の池沢昇事務局長は、こう話す。

「東京都はさすがに、違法に見えないように仕様書をつくります。東京労働局の是正指導によって、偽装請負を偽装請負に見えないようにする仕組みを取り入れました。これが業務責任者の配置です。他の自治体では労働法の知識がないため、学校図書館業務が円滑にいくように平気で違法・脱法に見えるものを仕様書に入れています。現場では、委託スタッフと学校教員との密接な連携がなければ、学校図書館運営に支障が出ます。違法・脱法は日常にならざるを得ません。東京都のように細工していても違法性は回避できず、民間委託を見直しせざるを得なくなったということが広く知られるようになれば、直営に戻す自治体が次々に出てくるかもしれません」

 違法認定されるリスクだけではない。民間委託によるコスト削減効果すら、かなり怪しくなっている。都立高校1校当たりの委託費は、15年当時から比べると2倍近くまで跳ね上がっている。「高い、遅い、まずい」の三拍子揃った民間委託に、果たして価値はあるのだろうか。

 前出の米川都議が、こう続ける。

「残念ながら都教委は、まだ都立高校の学校図書館をすべて直営に戻すとまでは明言していません。民間委託も残しつつ直接雇用を併用するにとどまっていますが、もしそれでお茶を濁すようなら、偽装請負の問題が再燃するのはもちろんのこと、なぜか特定の事業者が選定されている不自然な落札状況にも注目が集まるでしょう」

 都立高校の民間委託の見直し方針は、急速に進められてきた図書館の民間委託の大きな転換点になるかもしれない。

(文=日向咲嗣/ジャーナリスト)

日向咲嗣/ジャーナリスト

日向咲嗣/ジャーナリスト

1959年、愛媛県生まれ。大学卒業後、新聞社・編集プロダクションを経てフリーに。「転職」「独立」「失業」問題など職業生活全般をテーマに著作多数。2015年から図書館の民間委託問題についてのレポートを始め、その詳細な取材ブロセスはブログ『ほぼ月刊ツタヤ図書館』でも随時発表している。2018年「貧困ジャーナリズム賞」受賞。

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