2019年9月14日付当サイト記事『東京都、都立高校図書館で“偽装請負”蔓延か…労働局が調査、ノウハウない事業者に委託』において、東京都立高校の学校図書館で2015年5月に起きた“偽装請負事件”をスクープした。
教育現場が違法認定されるという前代未聞の出来事であるにもかかわらず、東京都はその事実を一切世間に公表しなかった。そのため前出の記事で当サイトが報じるまで都立高校の偽装請負事件は闇に葬られたままだった。
さらに、そのプロセスが詳しく記録された内部資料を詳しく調べてみると、偽装請負にとどまらず、仕様書通り人を配置できないという、受託業者のずさんな実態が浮かび上がってきた。
学校図書館の運営を請け負った業者が、初日から契約どおり人を配置できなかった――。上の図は、その始末書の一部である。このとき、委託費は全額払われており、なんのペナルティーも課せられなかった。
東京都立高校が学校図書館の民間委託事業をスタートしたのは2011年度。01年以降、専任・正規の学校司書の新規採用を停止していた東京都は、この頃から民間委託に大きく舵を切った。対象校は11年度の19校から年々増えていき、4年後の15年度には全体の半数近い80校まで増えていた。
専門業者に学校図書館の運営を丸ごと委託することで、都立高校は生徒の読書支援をより効率的に推進できるようになるはずだった。
ところが、現実は違っていた。まず、突然発覚したのが偽装請負である。
15年5月21日、内部告発を受けた東京労働局が都立農芸高校へ調査に入った。学校側に資料提出を要請し、担当者も含めた関係者9人に詳細な聴き取り調査を行った。受託した業者が独立して業務を完結するのが業務委託の原則。委託スタッフが派遣先で委託元の指示命令のもとに動いていれば、それはもはや請負とは呼べない。請負を装った無許可の労働者派遣事業の疑いがあるとして取り調べられたのだ。
結果はクロ。すでに内部告発によって証拠書類が一式そろえられていたためか、違法事実は容易に認定された。同局は舛添要一都知事(当時)に対して、是正指導を行った。都立高校も委託業者も、派遣に必要な許可を得ておらず、無許可派遣=偽装請負と認定。法的には、労務者の賃金をピンハネする“手配師”と同じである。
このとき査察を受けたのは1校だけ(是正指導の対象は12校)だったが、労働局から厳しい指導を受けた都教委は、学校図書館を民間委託していた全校に対して内部調査を実施。
その結果、他校でも同様の違反実態があったとして、「指示・命令は事前に業務責任者を通して行うこと」「図書館だよりや選書リストは受託者から提出されたものを基に学校が決定すること」「受託者に従事者の配置や変更についての要望は行わないこと」などを厳守するよう全校に通達する改善措置を講じた。
契約不履行が常態化
これで事件は一件落着したかに見えた。だが、この事件を報告した内部文書を精査していくなかで、図書館運営の専門事業者であるはずの受託会社が契約不履行、つまり契約通りに人を配置できない不祥事を頻繁に引き起こしていたことが次第に浮かび上がってきた。
その一例が冒頭で紹介したケースである。
筆者が独自に入手した資料からは、15年度だけで少なくとも2社、8件の契約不履行が起きていたことがわかった。
東京都の場合、全日制課程では午前は1名体制でよいが、午後の時間帯は原則として複数人体制であることが仕様書で定められている。定時制・単位制を設置している高校では、午前も複数人体制が求められているケースもある。それにもかかわらず、単数配置しかできなかったという契約不履行が目立つ。
都立高校・学校図書館の民間委託は例年、3月上旬に事業者の入札があり、落札した事業者は3月中旬以降にスタッフの募集を始める、文字通りの「泥縄方式」。しかも給与はどこも、ほぼ最低賃金レベル。そんな状況で、司書資格を保持した経験豊富なスタッフを2週間程度で集めるのは至難の業だ。そのため、4月の新学期スタートと同時に、学校図書館に仕様書通りに人を配置できない受託業者が続出していたのだ。
ひとつ事例を見てみよう。東部学校経営支援センターの管轄では、15年度に足立工業、蔵前工業、墨田工業、葛飾総合、荒川商業の少なくとも4校で契約不履行が起きていた。下の図は、その報告書の一部である。いずれも、仕様書で「複数人体制」と定められていた時間帯に、従事者を1人しか配置できなかったという。
新年度初日の4月1日から契約不履行になっている。都教委の報告書には「3月中に再三注意喚起したにもかかわらず、今回の自体は非常に遺憾」とあり、現場を統括しているセンターの担当者が、この問題に手を焼いていたことがうかがえる。
中部経営指導センター管轄でも15年度には農芸、中野工業、荻窪の3校で契約不履行が起きている。なかでも4~6月下旬のほとんどで仕様書通りの配置できなかった荻窪高校は、契約不履行の日数がダントツで多い。
午前、午後、夜間の3部制の定時制高校である同校では、「中学生の頃に不登校だった生徒たちには、図書館に入れなくなる生徒が必ずいる」との理由から、毎日同じ業務従事者の配置を強く事業者側に要望していた。そのことを最優先させるため、高校側は本来、複数人体制とされるべき午前の時間帯を「1人でいい」と、仕様書の定めを無視するに至った経緯が報告されている。
生徒のことを第一に考えれば、荻窪高校の対応は正しいようにもみえるが、直接雇用でもないのに、学校側が毎日同じ人物の勤務を求めるのは明らかに制度の主旨を逸脱している。そこで、この事実を知った都教委(高等学校教育課)は、あくまで仕様書通りに履行することを要求した。業務従事者の配置に口出しする学校の対応は、偽装請負にあたりかねないと懸念している様子が伝わってくる。
荻窪高校側が不当な要求を繰り返していた
それにもかかわらず、荻窪高校側は校長も含めて、事の重大性を認識しない対応に終始。センターの指導に従わないなど、現場の司書教諭の意向が色濃く反映されていた実情が都教委の報告書からは垣間見える。
4月16日に一度は受託業者が契約不履行を解消する体制を整えたにもかかわらず、提示されたシフトでは毎日同じ従事者にならないとして高校側が拒否。5月16日にも同様のやりとりが繰り返された。仕様書通りに午前、午後ともに複数人体制がようやく実現できたのは、6月22日以降のことだった。この間、延べ56日間にもわたって契約不履行が続いた。
こうしてみると、荻窪高校における契約不履行は、現場の司書教諭制度に対する無理解が大きな原因のように思える。
ところが取材を進めていくと、それとは180度違った見方が出てきた。ある都立高校関係者はこう話す。
「このケースの場合、困難な生徒を受け入れて、どうやって育てていくかを考えた教育的な配慮として、校長も含めて職場全体の一致した要望であったように思われます。不登校の生徒を多く受け入れているような学校は特にですが、ほかの一般の高校や小中学校でも、図書館には同じ人がいて、生徒との信頼関係を築いていかないと利用は伸びません。荻窪高校の要求は、現場感覚としてはまっとうなものであり、この校長は最近には珍しい、現場に寄り添う良心的な校長だったのかとも思えます。こういう良心的な職員たちが、教育現場として当然に感じていることを要望すると、違法行為になり悪者にされてしまうことが、学校図書館を業務委託すること自体に無理があることを証明しています。また、荻窪高校の教員は、生徒のために必要な配慮と、法律や契約の制約との矛盾で苦しまれたうえに悪者にされ、気の毒に思います」
また、この関係者は、契約不履行が横行していたのに、都教委が何もしなかったのではないかと指摘する。
たとえば、荻窪高校における学校図書館の民間委託は13年度から始まっており、このときすでに3年目に突入していた。ちなみにこの間、受託企業は毎年、変わっている。
つまり荻窪高校は、それまでも要望通りの従事者体制で運営していたのに、都教委はそれを把握していなかったか、あるいは把握していても黙認していた可能性がある。だからこそ荻窪高校側が、あくまでも月曜日から金曜日まで同一従事者の勤務を頑なに要求し続けたと考えたほうが自然だ。中部学校経営指導センターの6月12日の訪問指導の際、高校側は悪びれずに「教育の一環として図書活動をしているため、現場の状況に合わせた仕様書にしてほしい」と真っ向から反論しているのは、その証左だろう。
上の写真は、荻窪高校とは別の都立高校を受託している企業が犯した不履行を都教委の担当部署が指導したときの記録である。これをみると「以前より、仕様を満たした複数配置については再三指導してきたところです」との記述があり、2015年度よりも前から受託企業の不履行が常態化していた実態が、この文書からも読み取れる。
だが、なぜ都教委は15年度に突然、厳しく対処したのだろうかという疑問が湧いてくる。すぐに思い浮かぶのは、5月21日に荻窪と同じ受託者のサービスエースが担当していた農芸高校に東京労働局の調査が入り、7月には偽装請負が正式に認定されて舛添都知事名宛てに是正指導が出されたことだ。
内部資料からは、都教委の担当部署が1週間前に、調査対象の農芸高校を訪問して事前打ち合わせしていたことが判明。4月下旬には、すでに違法行為を証明するだけの証拠一式を揃えて内部告発が行われていた可能性が高い。
荻窪高校による従事者の配置変更にかかわる要望は偽装請負に当たるとされているだけに、都教委としては、労働局の調査を受けた時点で、もはや黙認できるような状況ではなくなっていたとみられる。前出の都立高校関係者は、都教委の対応をこう批判する。
「都教育庁(都教委)という組織は、実際には自分たちが指示したり容認したりしていても、いざ何か問題が表面化すると現場に責任をなすりつける、という傾向があるように思えます。今回も、急に調査したり厳しく指導したのも、自分たちは関与していないように装い、現場の職員に罪を押しつけたかったのだと思います」
高校側の要望に従ったかたちでの契約不履行は、偽装請負のひとつのかたちとみることもできる。労働局の是正指導によって明るみに出た、都立高校・学校図書館のずさんな運営は、この後、さらに広がりをみせることになる。その実態については次回、詳しく迫っていく。
(文=日向咲嗣/ジャーナリスト)