「政治に対する信頼を取り戻し、与党の議席を守りたい」
驚きの決定だった。公明党の斉藤鉄夫副代表が、次期衆院選で広島3区から出馬すると表明。11月19日、広島市内のホテルで記者会見し、こう語った。
衆院広島3区は、公職選挙法違反の罪で公判中の河井克行元法相の地元。河井被告が自民党を離党したため、与党の候補者が“空白”となっていたところに、公明党は自民党広島県連との調整がつかないまま斉藤氏の公認を強行したのだ。斉藤氏はこれまで比例中国ブロック単独出馬で当選してきた。幹事長や政調会長を歴任してきた68歳の大ベテランが、小選挙区へ鞍替えするという捨て身の戦略に打って出たのである。
公明党が広島3区に自ら候補者を立てる決断の背景には、「現職議員がスキャンダルで逮捕された自民党を次の選挙では応援できない」という支持者の心情に配慮した、ともいわれる。実際、創価学会婦人部では自民党への嫌悪感が高まっているというが、それは表向きの理由。真の目的は、純粋に小選挙区の候補者を増やすことだ。実は、虎視眈々と狙ってきていた。
「与党として自民党と選挙協力しているので、当然、自民党現職がいる小選挙区には新たな候補者を出せません。だから空白になった瞬間が千載一遇のチャンスなのです。以前、『このハゲー』と暴言を吐いて自民党を離党した女性議員がいましたよね。実は前回選挙で、彼女の選挙区だった埼玉4区に公明党から候補者を擁立しようとギリギリまで粘って協議した。あの時は自民党に押し切られて断念しましたから、今回の広島3区はなんとしても取りたい。うちは現在9つの小選挙区に候補者がいますが、関西以西には選挙区がない。中国や九州地方で小選挙区候補を出すことは、長年の悲願なのです」(公明党関係者)
公明党の強気は、尻に火のついた焦りの裏返しでもある。公明党の党勢は低落傾向が続く。2017年の衆院選で初めて比例票が700万票を割り込み、党内に衝撃が走った。民主党が政権を奪取し、自公が下野した09年衆院選でさえ、比例は805万票あった。党では「700万票ライン」は岩盤組織票の最低ラインと考えていたのに、17年は697万票、さらに19年参院選は654万票まで落ち込んだ。
「このまま守りの選挙をやっていてもジリ貧です。強気に転じるしかないというのが今の執行部や創価学会の考え方。東京や神奈川の小選挙区に比例単独で当選している現職の若手を持ってきて世代交代を図っているのもその一環です。ですから広島3区は譲れません。自民党が折れないならば、『ほかの選挙区に影響を及ぼすことになってもいいんですか』という脅しをかけることもいとわない覚悟です。公明票がなければ野党候補に負ける自民党現職が50人はいるともいわれますからね」(公明党関係者)
岸田文雄氏の求心力低下
自民党の広島県連は、河井被告に代わる候補者を選ぶ公募を始め、公明党の殴り込みに態度を硬化させている。広島は岸田文雄前政調会長の牙城。宮沢洋一参院議員が県連会長を務めるなど、県内は岸田派議員が多い。19年の参院選で同派重鎮だった溝手顕正氏を落としているだけに、今回、広島3区を公明党に奪われれば、岸田氏の求心力がますます低下するのは避けられない。
もっとも追い込まれているのは岸田氏だけではないようだ。
「公明党が判断を求めているのは、岸田さんというよりも菅首相や二階幹事長でしょう。衆議院は任期満了まで1年を切り、必ず解散総選挙をやらなければならない。党総裁として菅さんどうするんですか、調整してください、というボールを公明党から投げられている状態。広島だけの話ではなく、全国に波及するので突っぱねることもできないし、悩ましい」(自民党関係者)
公明党の山口那津男代表は、斉藤氏の出馬会見後の最初の週末である11月22日に早速広島市を訪れ、24日には記者会見で穏やかに、しかしこう迫った。
「自民党は大局的に判断してほしい」
(文=編集部)