1月20日、ジョー・バイデン氏は第46代米国大統領に就任した。就任の際の演説で「結束(unity)という言葉を連呼したように、現在の米国の分断状況は極めて深刻である。バイデン大統領の就任式を視聴した米国人は、ドナルド・トランプ前大統領の就任時に比べ約150万人多い約4000万人だった(1月21日付ニューヨークタイムズ)が、肝心のトランプ支持者には「結束」というメッセージはほとんど届いていないといわれている。
「言葉よりも行動が大事」ということで、バイデン政権は早速フル稼働し始めている。バイデン大統領は22日、低所得者向けの食料援助を増額したり、受給者を広げることができるよう、関係省庁に指示を出した。米国では14%の世帯が「食べ物が十分にない」との調査結果があり、大きな社会問題になっているからである。
このようなバイデン政権の動きをトランプ支持者たちはどのように見ているのだろうか。トランプ支持者が忌み嫌っている言葉は「中絶」と「社会主義」だといわれている(1月20日付AERA.dot)。新型コロナウイルスのパンデミックが引き起こした大不況を乗り越えるためとはいえ、バイデン政権の貧民救済策を彼らは「極めて社会主義的」だと苦々しく思っていることだろう。
社会主義運動の中心地だった米国
そもそもトランプ支持者をはじめ多くの米国人は、なぜここまで「社会主義」を嫌っているのだろうか。意外なことに米国は19世紀末まで世界の社会主義運動の中心地だった(1月14日付ニュースソクラ)。1848年の欧州各国での市民革命に失敗した社会主義者たちが米国に逃れてきたことが始まりだが、米国で最初のマルクス主義政治組織が創建されたのは1857年であり、73年には第一インターナショナルの本部がロンドンからニューヨークに移転されている。南北戦争後しばらくの間、米国は世界の社会主義運動の中心地だったが、米国での社会主義運動は根付くことはなかった。
1862年に「ホームステッド法(5年間定住して農業を営むと160エーカーの土地が与えられるという内容)」が制定されたからである。賃金労働者たちは自営農民になれるチャンスを目指して西海岸などに殺到し、所有地から金や石油が出れば一夜にして富豪になれる事例が相次いだ。「おのれの才覚と幸運だけで巨万の富を得ることかできる」というアメリカンドリームのせいで米国の社会主義運動は担い手を失ってしまい、その状況は現在まで続いているのである。
トランプ支持者は都市部より農村部に多く、彼らにとって、神によって平等に創られた人々が、自由に競争して、その結果格差が生じてもそれは悪いものではない。「平等の実現」に政治的な意味を見いだしていないトランプ支持者だが、アメリカンドリームに幻滅を感じ始め、行き詰まりを感じているという。ホックシールド・カリフォルニア大学バークレー校名誉教授は、大学教育を受けていない白人男性をはじめとするトランプ支持者の胸の内を次のように描写している(1月23日付クーリエ・ジャポン)。
「俺は社会の下層に追いやられつつある。あいつら(民主党支持者)は俺たちの運送業や生産業をオートメーション化しやがるが、俺には新たな職につけるだけの教育もない」
意義ある「雇用」の創出が重要
トランプ支持者にとっての悩みは「雇用」なのである。バイデン政権は、「国民1人当たり最大1400ドルの現金給付」を目玉とする追加の経済対策を目指しているが、はたして効果はあるのだろうか。
米国の給与所得が2020年3月から11月にかけて累計で3300億ドル減少したのに対し、失業給付の上乗せや国民向けの一時金給付などが1兆ドルにも上っている。可処分所得が結果的に6700億ドル増加したが、昨年11月時点の消費は、2月の水準を2%以上、下回っている。
給与所得の減少の3倍もの支出増にもかかわらず、雇用の回復も止まってきており、このような財政支出は非効率的であるといわざるを得ない。雇用を増やすためには投資の増加が不可欠だが、民間企業にできる投資は限られている。政府が率先して投資主体とならない限り、雇用が拡大する状況にはないのである。
バイデン大統領が尊敬しているルーズベルト大統領は、1930年代の大恐慌期に大規模な公共事業の実施を通じて800万人以上の雇用を創出したとされているが、筆者が注目しているのは、サンダース上院議員の経済顧問を務めるケルトン・ニューヨーク州立大学教授が提唱する「地域密着型の公共サービス雇用制度」である。
この制度はまず最初に地域の人々自身がコミュニティーなどのケア(世話)に必要な具体的な仕事を決める。これを踏まえ、基礎自治体は仕事の案件のストックをつくり、さまざまなスキルや関心を持った失業者に対して適切な仕事(時給15ドル以上、就労形態は自由)を提供する体制を整備する。必要な財源は、中央政府(労働省)が確保するというものである。
このようなやり方であれば、低スキルが災いして労働市場に参入できないでいるトランプ支持者に対しても意義のある仕事を提供できるのではないだろうか。バイデン大統領は就任式で「民主主義が勝利した」と力説したが、 現在の間接民主主義という制度は、あくまでも統治形態の一つにすぎない。フランス革命以降、人々が求めていたのは、理念やイデオロギーの実現ではなく、物質的な生活条件の向上であったことを忘れてはならない。民主主義の実現自体が目的だったのではなく、万人の利益を保証する全体システムの構築が本来の目的だったはずである。
バイデン政権は、意義ある「雇用」の創出を通じてのみ、米国社会の「分断」を癒やすことができると肝に銘じるべきである。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)