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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

『蛍の光』は乾杯の歌、『結婚行進曲』は縁起が悪い?原曲とは大違いのクラシック音楽

文=篠崎靖男/指揮者
『蛍の光』は乾杯の歌、『結婚行進曲』は縁起が悪い?原曲とは大違いのクラシック音楽の画像1
「Getty Images」より

 京都の醍醐寺は、1100年以上の歴史を持ち世界遺産にも選ばれているお寺ですが、そんな長い伝統を守っている真言宗醍醐派総本山が現在進めている計画には、度肝を抜かされました。

 それは、醍醐寺に古くから伝わる大日如来像のミニチュアを人工衛星に乗せ、宇宙に打ち上げ、500キロ上空の軌道を周回させて、宇宙空間に「宇宙寺院・浄天院劫蘊寺」を開山したいというのです。まだ打ち上げに使うロケットや資金確保は未定とのことですが、将来は、信者から寄せられた願い事をデータ化し、宇宙寺院に送って宇宙空間を巡らせるという企画です。

 醍醐寺は、「宇宙から見た世界には国境も人種もなく、さまざまな人たちが心を寄せてもらう場所にしていきたい」というコメントを出しています。誰も発想できなかったアイデアですし、それが宗教団体と考えれば、なおさら驚きます。

 本来、仏教は宇宙観ともつながっており、常に宇宙を意識しながら活動していため、こんな壮大なアイデアが出てきたのだと思いますが、本当に実現したら素敵に思います。いつでもどこでも、初詣から特別な願い事まで、空に向かって手を合わせればお参りができます。

 宇宙といえば、不思議なことにクラシック音楽のテーマにはあまりならなかった分野です。西洋音楽のテーマは、どちらかといえば「愛」「悲しみ」のような個人的な出来事や、「民族」「宗教」のような集団的行動をテーマにすることがほとんどです。19世紀以降は絵画の分野と同じく、自然の美しさなども表現する音楽が出現しましたが、すべてが地球上で起こったことです。たとえ、天空のギリシャの神々の神話を題材にしたオペラやキリストの生涯を扱った受難曲であっても、それは地球上にいる人間を救ったり、懲らしめたりという内容で、やはり人間主体でできているのが西洋文化だからだと思います。

 そんななか、珍しく宇宙を扱った名曲といえば、ホルストの組曲『惑星』です。組曲というのは、ひとつの共通のテーマの持った複数の曲によって構成されている音楽の形ですが、イギリスを代表する作曲家のひとり、グスタフ・ホルストが1918年に初めて演奏した代表作が『惑星』です。その内容は、地球を除いた太陽系の惑星の一つひとつの名前が、曲ごとにタイトルとして付けられており、水星から海王星までの7曲は占星術に関連させながらできた作品です。

 一度、聴いてみてください。クラシック音楽という枠を外れた、まるで宇宙船に乗って宇宙旅行をしているような素晴らしい音楽です。特に4曲目の『木星』のメロディーは、皆様もご存じのはずです。実は、平原綾香さんのヒット曲『ジュピター』のメロディーです。この魅力的なメロディーには、平原さんだけでなく、これまでも歌詞をつけて愛唱されており、イギリスの愛国歌や、イギリス国教会の聖歌としても使われています。

原曲とまったく異なった場面で使用されているクラシック曲

 ホルストにしてみれば、「木星」の音楽を書いたつもりが、教会の聖歌に転用されるとは想像もつかなかったでしょう。とはいえ、ホルストだけでなく、有名なクラシック音楽が聖歌になっている例はほかにも多くあります。代表的なのは、教会式の結婚式で必ずといっていいほど歌われる讃美歌285番『主よ、み手もて引かせ給え』です。

主よ、み手もて ひかせたまえ、
ただわが主の 道をあゆまん。
いかに暗く けわしくとも、
みむねならば われいとわじ。

 2人の間にどんな苦労があっても、主(神)を信じて道を歩もうといった内容なので、これから一緒に人生を歩む2人にとっては、ぴったりの歌詞です。しかし、原曲の内容を知っていると、少し複雑になってしまう曲なのです。

 この賛美歌の原曲は、ドイツの作曲家カール・マリア・フォン・ウェーバーのオペラ『魔弾の射手』の序曲の最初に、4名のホルン奏者によって演奏される音楽です。このオペラの内容は、ある男性が愛する女性との結婚とを許してもらうために、射撃大会で勝たなくてはならないという設定になっています。そこで、なんとしても結婚したい花婿は、あろうことか悪魔に頼んで、必ず命中する銃弾を手に入れるのです。これから新しい生活を始める2人を祝うには、少し引っかかる部分です。

 ただ、音楽は良いわけですし、実際の結婚式で歌ったとしても、ほとんどの新郎新婦も参列者も原曲のストーリーを知らないでしょう。知らぬが仏です。何よりも、オペラの最後では、神の慈悲によってハッピーエンドとなるので、ぎりぎりセーフでしょう。

 他方、結婚式の超定番曲であるにもかかわらず、実はかなり縁起が悪い曲があります。それは、新郎新婦の入場の音楽として必ず使われる、ワーグナーの『結婚行進曲』です。静かに上品に始まる同曲の原曲は、オペラ『ローエングリン』の結婚式の場面に流れる音楽なのですが、このオペラは、最後に花婿が白鳥に乗ってどこかに去ってしまい、花嫁は死んでしまうのです。ちなみに、ほかにも有名な結婚行進曲に、トランペットのファンファーレで始まるメンデルスゾーンの『結婚行進曲』がありますが、こちらは大丈夫ですのでご安心ください。

 こんなふうに、原曲の内容を知らずに、まったく違う使い方をしている曲はまだまだあります。最後にご紹介したいのは、『蛍の光』です。日本人なら誰でも口ずさめる歌で、年末のNHK『紅白歌合戦』や卒業式で歌われていますが、実は欧米では年始、結婚式、誕生日に歌われる曲なのです。

ほたるの光
窓の雪
ふみよむ月日
重ねつつ

 日本語の歌詞では、“どんな状況でも、負けずに勉強を続けましょう”と、「寒い、暑い、眠い」と文句ばかりを言っている学生たちに説教をしているような内容ですが、原曲が生まれたスコットランド語の題名は『Auld Lang Syne』で、日本語訳では「久しき昔」です。歌詞の最後の部分だけを抜き出すと、以下の通りです。

いまここに、我が親友の手がある。
いまここに、我らは手をとる。
いま我らは、良き友情の杯を飲み干すのだ。
古き昔のために。

 旧友と友情を誓うための酒を飲む話です。もっと簡単にいうと、お酒を楽しく酌み交わす乾杯の歌ですので、夏は蛍の光、冬は窓の雪に反射した月あかりで勉強するような苦労話ではありません。もし、スコットランド人が手にグラスを持って、陽気に笑いながら、友達と肩を組んで歌いだしたとしても、実はそちらが正しいこととなります。
(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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